幕間 憩いの時間sideアレン
「では、俺たちの再会と、明日からの任務の成功を祝って――カンパーイ!」
『かんぱ~い!』
カチン、とガラスジョッキが小気味よくぶつかり合い、琥珀色のドリンクが泡を弾ませる。その輪に混ざるようにして、ピピも器用にウインクを飛ばしながら、自身のグラスをリズミカルに打ち鳴らした。
何でも燃料にできる彼女は、この食事行為が無駄になることはない。
長かった会議の警備任務が終わり、ようやく交代要員が到着したことで、今日の分の職務は終わりを迎えた。
本来ならばこの後もルクレチア様の会食に随行する予定だったのだが、ブリジット隊長が「たまには羽を伸ばしてこい」と気を利かせて時間を作ってくれたのだ。
俺たちはその有り難い好意に甘えさせてもらい、ささやかながら、明日からの任務に向けた決起集会を兼ねた、数年ぶりの同窓会を開くことにした。
その場所に選んだのは、士官学校時代からお世話になっている、ここヒューメブルグでも多くの人々に愛される街の食堂だ。
大通りから一本入った石畳の路地にある隠れ家的な店だが、いつも盛況で活気に満ちている。
外観は、使い込まれて美しく磨き上げられた古木の扉に、品の良い磨りガラス。その扉を挟むようにして、両サイドには大きめの窓が二枚ずつ設置されていた。窓からは店内の温かそうな灯りと賑わいが楽しげに覗いているが、ご飯時はいつも大体満席で入れないほどの名店だ。
一見すると、まるでお洒落なカフェのような小綺麗な佇まい。
だが一歩中に入れば、そこが立派な『食堂』であるということは、広いフロアの中央に堂々と鎮座する、巨大なオープンキッチンを見れば一目で察しがついた。
そのキッチンで黙々と包丁を握っているのは、昔から寡黙だが腕が良く、客の他愛ない愚痴をいつも黙って聞いてくれる親父、リンガードさんだ。元軍人である彼は、九年前の魔人の侵攻の際に、両足を失うという壮絶な過去を持っていた。
しかし、失った両足を先進的なデウステクス製の義足に換えることで、彼は今もこうして力強く厨房に立ち、普通の人間と変わらない生活を営んでいる。
その男こそが、この食堂『リンガーズ・キッチン』の主人であり、若人たちの胃袋をガッチリと掴んで離さない名料理人だった。
学生や士官候補生といった若い者たちに対しては特にサービス精神が旺盛で、通常価格のまま山盛りにしたり、無料でお代わりを提供したりと、とにかく金のない時期の俺たちにとっては救世主のような有り難い存在なのだ。
また、三十人近くを収容できるこのフロアを縦横無尽に駆け回り、見事な手際で指揮しているのは、あの寡黙な親父とは対照的な双子の娘、エルとアルだった。
キッチンから一歩も出ずに調理に没頭するリンガードさんに代わり、注文受けやドリンクの準備、あまりにも忙しい時には調理の手伝いから、果ては食材の仕入れや会計処理にいたるまで、とてつもない仕事量を二人で完璧にさばき切っている。
俺たちが士官候補生だった頃、この店はまだ半分ほどの広さで、親父さんが一人で必死に回していたはずだった。
どうやら、俺たちが卒業して足を運ばなくなっていた間に店を大改装したらしい。
エルとアルの二人も、しばらく見ないうちにすっかり大人びて、見違えるほど立派に看板娘を務めていた。
あの頑固親父と双子の娘。たった三人でこの広いフロアを回しているのだから、その見事なチームワークには素直に脱帽するしかなかった。
店内は俺たちと同世代の若い客が中心で、賑やかさはあるが決して下品な騒がしさには感じられない。それもきっと、この店が醸し出す温かい空気の賜物だろう。
運ばれてくる料理はどれも絶品で、その時々の季節や、その日に仕入れた食材によって、定番の家庭料理から一風変わった創作小料理まで、親父の仕事には一切のハズレがない。学生時代、俺たちがどれだけここにお世話になったか、もう数え切れないほどだ。
ほぼ同い年くらいの彼女たちが、こうして立派に店を背負って接客していると聞いたときは、本当に驚いたものだ。
じわりと胃袋に染み渡る懐かしい味と、お酒の心地よい酔い。
「ふぅ……。こうしてまた同じ飯を囲えるとはな。……なんか、本当に嬉しいぜ」
ジョッキをテーブルに置き、香ばしく焼かれた肉料理をつまみながら、俺は心からの本音を漏らした。
「本当、アレンたちは卒業してから全然変わらないよね。少しは男前に磨きがかかったかと期待したのに、ちょっと残念」
セシルがジト目でからかってくる。
「おいおい、セシル。そりゃないぜ、俺は元からそこそこイケてるだろ?」
「あら、まだ酔っ払いの戯言にしちゃ面白くないわよ、フェリクセン?」
「おい、俺はまだまだシラフだよ!」
「シラフでそんな恥ずかしいこと言えちゃうんだから、私じゃとても真似できないよ、ねぇアレン?」
クスハラと笑い合うセシルとフェリクセンのやり取りを、俺は心地よい懐かしさと共に眺めていた。
昔もこんなバカなやりとりばっかりしてたっけな。俺はそんな二人を肴に、大好物の鳥の串焼きを頬張る。
ウォーカー家の本拠地<ピースフル>で食べる食事も美味しいが、ここの料理にも一切のハズレなしだ。やっぱりここを選んで大正解だった。
「アレンは普段、仕事の方はどうなの? ピースフルでの暮らしとか、どんな感じ?」
セシルが串焼きを咀嚼する俺に視線を向けた。俺は口の中のものを急いで飲み込み、話に参加する。
「基本的には、領主であるウォーカー家の要人護衛がほとんどだな。何もなければ訓練ばっかりで。今回みたいに、会議に参加するための随行とかも多いよ。でも、最近は……」
「最近は?」
「『お前もウォーカー家の人間なんだから、政治の勉強をしろ』って言われてさ。そのあたりの堅苦しい勉強もさせられてるんだ」
「へぇ~、お前まさか、将来的に領主になるのか?」
フェリクセンが興味深そうに身を乗り出してきた。
「いや、それはないだろ。もしなれたとしても、誰かの副官的なポジションだと思うけど……」
「アレンは事情が事情だからねぇ。でも、そういうサポート役、意外と合ってるかもよ?」
「正直、慣れない分野すぎて毎日大変だよ。まだ剣を振って護衛してる方が何倍もマシだ」
「ルクレチアさん、平和外交に凄く力を入れてるもんね! 私は個人的に、頑張って欲しいなぁって応援してるんだ」
「!(^^)!」
セシルの言葉に、フェリクセンがニヤリと意地悪く笑った。
「アルバニア様直属のお前が、そんなこと言っていいのか? あそこ、今は軍備増強派だろ?」
「それとこれとは別! 同じ女性としてとして、頑張って欲しいのは当然じゃない」
「ん~、女心ってやつはよく分からんなぁ」
「仕事の手腕に関しては、やっぱりアルバニア様が群を抜いていると思うけどね。ただの軍備拡張だけじゃなくて、出来うる限り他国の優秀な技術を取り入れて、兵士の教育にも徹底的に力を入れてるわ。それに領主様自身が物凄く勤勉だから、みんな自然と着いて行きたくなるのよねぇ」
セシルの誇らしげな表情を見て、俺はずっと気になっていた疑問を口にしてみた。
「明日向かう、セレスティアって……機械国<デウステクス>の文化や技術を結構取り入れてるんだろ? 実際、どんな街なんだ?」
「そうだなぁ。日々新しい技術や発明が見られるから新鮮だけど、そのぶん覚えるのが大変というか、慣れるまでが大変というか……。そういう意味では、慣れない政治の勉強をしてるアレンと一緒かもね」
「武器にも、何かカラクリがあるのか? あれ」
俺は、店の隅に立てかけられた彼女の武器――長大な槍と、どこか不自然な厚みを持つ大盾に目をやった。元々彼女は槍術に極めて秀でており、しなやかで力強い槍捌きで戦線を押し上げるゴリゴリの前衛職だ。士官学校時代に、彼女が盾を装備していた記憶はない。
「そうなのよ! あれも試験的に支給されてる最新鋭の機構を取り入れた武器でね。ま、向こうの技術者なんかと協力して作った特注品なんだけど」
「それはすごいな。一士官のお前にそんな試作機が回ってくるなんて、大抜擢じゃないか」
「だからこそ責任重大で大変なんだけどね……。あ、でも、今はだいぶ移動が楽になったんだよ? 前までは機械国に行くの、本当に一苦労だったんだから!」
そう言うと、セシルはグラスジョッキに残っていたお酒を一気に飲み干し、ちょうど通りかかったエルに「エル、人数分のお代わりね!」と元気よく注文した。
え、俺たちのグラス、まだ半分くらい残ってるんだけど……もう飲み干したのか? 相変わらずの豪快さだ。
「そうか……。車が走りやすいように、向こうまでの道が完全に舗装・整備されたんだったか」
フェリクセンが思い出したように呟く。
「そう。フェリクセン、確か数ヶ月前の開通式で、警備のためにセレスティアに来てたものね」
「あぁ、見たよ。あの滑らかな石造りの道が、今後はこのヒューメブルグにも通るんだろ? それに、将来的には大量の物資を運ぶ『汽車』とかいう巨大な鉄の塊が走る予定もあるとか……。機械国<デウステクス>の技術力は、本当に凄いよなぁ」
「ね。今度それこそ、物資の定期搬送とかの任務で、ヴァリアントにも道だの汽車だのが通るかもよ?」
「あ~、そりゃありがたい。そうなったら、移動がめちゃくちゃ楽になるかもな」
「フェリクセン、最近大変そうだもんな。ヴァリアントとヒューメブルグの間を、任務で結構行き来してるんだろ?」
「そうなんだよ! 『防衛隊長』なんて聞こえはいいけど、結局のところはただの現場指揮だからな。あっちで不穏な動きがあれば呼び出され、こっちで会議があれば護衛に回され……。本当に、身体が二つあっても足りねぇよ」
フェリクセンは肩をすくめて、エルから新しく運ばれてきたジョッキに手を伸ばした。
そんな彼の愚痴を笑い飛ばしながら、ピピは「お疲れ様」とばかりに首を傾げて、どこか満足げにドリンクを喉に流し込んでいる。
迫り来る明日の大任務のことなど、今はまだ、誰も深くは考えていなかった。
この温かい光に満ちた『リンガーズ・キッチン』の賑わいの中で、俺たちはただ、他愛もなく、くだらない話に花を咲かせ続ける。




