奮闘 sideラグナ(part43)
場所は少し変わり、オニデの里の住宅街。
元より広場から離れるつもりなど毛頭無かったが、そうも言っていられない極限の死線がそこにあった。ヤシャやポポロ、他の皆が無事であることを願いつつ、目の前に集中するしか無いのが現状だ。
狭隘な家々の路地へと誘い込まれた私は、完全に防戦一方へと追い込まれていた。
(くっ……! 全くもってやりづらい……っ!!)
メリアの華奢な腕から伸びる、漆黒の魔素で生成された無数の鞭。
それが生き物のようにのたうち、私だけでなく鬼達が住んでいたであろう、周囲の重厚な木造住宅街を容赦なく薙ぎ払う。ただ静かに鎮座していた、家主の居なくなった木造の住居たちが、乾いた破壊音とともに一瞬で惨憺たる木片へと化していく。
軌道が読めない。数も、長さも、襲い来る速度すらバラバラだ。
あの船上で相対した巨蛸の触手の方が、まだ数倍やりやすかったと感じるほどだ。あの触手の苛烈な乱打を一度経験していたからこそ、私は今、間一髪のところでこの殺戮の鞭に対応できているのかもしれない。
さらに鬱陶しいのは、鞭の合間を縫うようにして魔素で生成される、黒い犬型だ。凶悪な牙を剥いて足元を削りに来る撹乱が、苛立ちに拍車をかける。
私が攻めるタイミングで進路を防いだり、引くときに退路を絶ったりと絶妙に嫌な時に的確にメリアをアシストしている。
だが、あの漆黒の鎧型と連携されなかったことだけは、唯一の救いだったかも知れない。
私たちは所詮、ここ数日で出会ったばかりの即席の集まりに過ぎない。
ただでさえ規格外の強大な敵に隙のない連携を許してしまえば、それだけで私たちの勝ち目は万に一つも無くなっていただろう。分断されたのは、怪我の功名かも知れなかった。
(全く…これのどこが、後方支援よ!)
戦闘など到底できそうにない細身の体躯のくせに、この暴力的な手数と圧は何なのだ。
これでいて、あの巨大な怪物どもを手懐けておきながらここに出してこないのは、圧倒的な慢心か、あるいは私を弄んで楽しんでいるだけなのか。
この里に到着する前から肌を焼き焦がすような、あの悪趣味な威圧感の根源を、今まさに目の当たりにしていた。
間合いが詰まらない。的確すぎる位置取りと距離感を保たれ、白銀の細剣の刃など届くはずもない。
なのに、こちらの体力だけが削り取られていく。
まるでそれが「己と私との絶対的な実力差だ」と静かに突きつけられているようだった。
まだまだ、私とこいつらの間には、これほどの隔たりがあるというのか。
歯痒さと怒りで焦げ付きそうな感情を必死に抑え込み、私は迫り来る漆黒の犬や鞭に向かって、死に物狂いで剣を振り続けた。
「はぁ、はぁ……っ! 貴女にひとつ……聞きたい……っ!」
「ん〜? 何かしら〜?」
苛烈な攻撃の雨を走りながらかわし、刃で受け流す。
対照的に、メリアは未だに吐息一つ乱さず、可憐な笑みを浮かべたままだ。私の問いかけに応じる姿勢を見せているのも、彼女の中に有り余る余裕があるからこそなのだろう。
だからこそ、問わねばならない。
私がこの旅で、何よりも知っておかねばならない「始まり」の問いを。
これを聞かなければ、前に進むことなどできないのだから。
だが、悠長に足を止めている暇はない。メリアの攻撃は止まることなく攻め立ててくる。
私は全身の筋力を絞り出し、激しい破壊音とともに破片が舞い散る地面を力一杯に蹴った。強引に距離を詰める。
息を途切れさせながら、短く叫んだ。
「九年前に……はぁ、はぁっ! 人間領を攻めてきたのは……誰、なのっ!?」
目の前の魔人も、これから遭遇するであろう猛者も、刃を交えて倒すことに変わりはない。
だが——私のすべてを奪い去った「仇」の顔だけは、明確にこの目に焼き付けておきたかったのだ。
重く鉛のように冷たくなっていく身体を必死に動かし、走り、跳び、駆け抜ける。
めくり上がった赤土、迫り来るしなやかな鞭の群れ、そして開いた顎で噛みつこうとする犬型魔人の頭部を踏み台にして、私は空中で足を踏み切った。
「人間領〜?」
「攻めて……きたでしょうっ! 最北端の、あの港町に……っ!」
忘れたとは言わせない。後方支援を担っているのなら、少なからず関わっているはずだ。
私はそんな淡い希望を胸に抱きながら、乱れた赤髪を振り乱して少しずつ間合いを詰めていく。
目の前の女型は、首を傾げて可憐に思案する素振りをみせた。
「……あぁ、あの街? 私たちが一番最初に侵攻した場所ね?」
ようやく思い出したのか。だが、こいつらにとっては故郷の崩壊すら「その程度の小事」に過ぎないのだ。
沸々と胸の底から復讐の炎が猛り爆ぜる。残された体力は限界近かったが、怒りという名の気力だけが血管を駆け巡る。それだけで、刃を握り直すには十分すぎるほどだった。
「何〜? アンタ、あの時の生き残り?」
相変わらずニコニコと、飄々とした態度。どこまでもいけすかない。絶対に理解し合えることなどない種族だ。
「故郷だったのかしら? それとも、大切な好きな人でも死んじゃった〜?」
見え見えの挑発。だが、そんな愚かな言葉すら、今の私にとっては復讐の炎に薪をくべる等しい行為でしかなかった。
「何でも……いいでしょう……っ!」
同じ言語を解しているというのに、ここまで会話が噛み合わない存在があるだろうか。
私は襲いかかってきた二体の犬型を剣閃一閃で叩き斬り、再び彼女の喉元目掛けて突進する。
メリアはそれを迎え撃つように、片腕から生える無数の魔素を鞭のようにしならせ、無造作に腕を振るった。
それだけで、十数本の漆黒の条線が空間を切り裂いて殺到してくる。
一撃でもまともに喰らえば、即座に肉塊へと変えられる殺意の奔流。一度の掠り傷すら許されない。
(くっ……苦しい……っ!)
絶壁の上の糸渡りを延々とさせられているような感覚。
それでも、足を、腕を、止めるわけにはいかない。
「なるほどねぇ、それでアンタは私たちに復讐でも誓ってるわけ?」
こちらの意図をあっさりと読み当てて見せたが、無視だ。こいつと無駄な舌戦を繰り広げている暇などない。
「可愛いわぁ……応援してる♡」
わざとらしくウインクまでしてくる。
「アンタも……その対象よっ……!!」
それに返す様に鋭く睨み据え、歯を剥き出しにして叫ぶ。
「やだぁ、コワ〜い! ドキドキしちゃう……♡」
白々しい三文芝居。体をくねらせ、こちらを小悪魔的に小爆笑しているようにしか見えない。
私はそんな舐め腐った態度を取る敵の虚を突くように、残り全ての脚力を踏みしめ、一気に地を蹴った。
鞭の隙間を縫うように、歪な軌道を描いて接近する。
「あら」
初めて、メリアの懐へと肉薄した。
私の乱れた前髪と、彼女の毛先が触れ合うほどの、至近距離。歪に生えた一対の角の禍々しさが一際目立っている。
だが、私の白銀の細剣は、彼女の首筋に届いていない。
寸前のところで、彼女が展開した高密度の魔素の壁によって完璧に受け止められていたのだ。
「大胆なアピール……照れちゃいそう♡」
「くっ……っ!!」
ガギギギギッ!! と、金属同士が擦れ合うような重厚な破砕音が至近距離で鳴り響く。
魔素というものは本当に厄介だ。目の前で、メリアは依然として平然とした顔つきで私を見つめている。
「そんなに必死になっちゃって……本当、かわいいわぁ」
「なっ……!? バカにしてるのっ!?」
鍔迫り合いに一層の力を込め、白銀の刃を押し込もうとする。
「ふふ、バカになんてしてないわ。私たちに復讐なんて、誰も考えつき……」
言いかけた——その瞬間だった。
メリアの表情が、凍りついた。
いや、表情だけではない。彼女のしなやかな身体全体が、まるで時間が停止したかのようにピキリと硬直したのだ。
「……?」
さっきまで饒舌に嘲笑っていた女が、突然脈絡もなく沈黙する。そのあまりの異常さに、背筋へ冷や汗が伝う。
私は胸を突く嫌な予感に背中を押され、咄嗟に踏み込んで距離を取った。
それでも、メリアは硬直したまま動かない。
先ほどまでの余裕と侮蔑に満ちた表情はどこへやら。目の前の光景が信じられないとでも言いたげに、両目を極限まで見開いている。
「な、何……!?」
変だ。あまりにも不気味すぎる。
彼女のピンクレッドの瞳は、私ではなく——私が握り締める『白銀の細剣』に、吸い寄せられるように注がれていた。
「アンタ……それ……」
おちゃらけた声音は完全に姿を消し、掠れた真剣そのものの声が彼女の唇から漏れ出る。
こいつにこんな顔ができたのかと、私は戸惑いを隠せない。
——その時だった。
頭上の視界が、爆発的な光に包まれた。
時刻は日中。本来ならば太陽が照らしているはずの時間だ。
しかし、それを遥かに凌駕する閃光が、世界を白く染め上げたのだ。
私たちの遥か遠く、鬼島の端に鎮座していたはずの、あの巨大な球体の魔素溜まり。
それが今、天を穿つような圧倒的な熱線の光線によって、跡形もなく焼き払われていた。
皆さま、どうも&初めまして!
みゃ~むら、と申します。
お読みいただきまして、誠にありがとうございました。
レビュー、感想お待ちしております。
最近はすっかり冷え込む日も増えましたね。
朝や夜はあったかくして寝ないと肌寒いです。
鍋が恋しい季節だぁ。




