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すべての生きとし生けるもの達へ  作者: みゃ~むら
オニカド編

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新針 side ラグナ(Part5)

「その言葉、そっくりそのまま返すわ。……あんたの薄汚い顔なんて、できることなら二度と見たくなかったけれどね」

私はフードの奥から、ディロックスの射すような視線を真っ向から睨み返した。張り詰めた緊張感が、二人の間のわずかな空間をじりじりと満たしていく。


こいつはとてつもないろくでなしではあるが、情報屋としての実力だけは間違いなく本物だった。

風の噂では、数年前までは人間領の主都ヒューメブルグでもその名を知られた、極めて優秀な戦術指揮官だったらしい。

だが、現在の彼にはそんな栄光の見る影もなく、完全に堕落しきっている。

すらりとした細身の体躯に、あちこちが擦り切れたブラウン基調のレザージャケット。その下には、乱雑に胸元の開いた黒いシャツに無骨なロングズボンを合わせている。腰のベルトには、鍵や出所不明の出力を失った魔導具など、ジャラジャラとよく分からない小物が大量にぶら下がっていた。ただでさえ細身の彼だが、最後に会った時よりもさらに痩せ細り、どこか不健康な影を色濃く滲ませているように見える。乱雑に伸びた灰色の長髪は、彼の表情をより読み取りにくくさせていた。


私は彼の対面にある、三人掛けの古びた赤のソファに腰を下ろした。

ポスっと軽く腰掛けただけだというのに、それだけで隙間から白い埃がふわっと舞い上がる。


「おいおい、人と話すのにそりゃあねぇだろ」


ディロックスは気怠げにそう言って、私の頭元を指差しながらフードを外せというように手首を軽く返してみせた。こん男に礼節を説かれるとは思わなかった。

私は小さくため息をつくと、しぶしぶ頭を覆っていたフードを後ろへと跳ね上げた。

ここ数年は修行と魔人狩りに明け暮れ、まともに人と面と向かって話す機会がほとんどなかったせいか、いざ顔を露わにすると無性に気恥ずかしい気持ちが込み上げてくる。私はその小恥ずかしさを誤魔化すように、思わず彼からツンと目線を逸らした。


だが、ディロックスの関心は私の容姿などではなく、別のところへと向けられていた。

「それかよ……?俺の情報で、まんまと人間領から盗み出してきたって代物は」

ディロックスは頬杖をついたまま、視線を私の腰元――そこに挿してある一本の剣へと滑らせた。

「……そうね。見るからにただの、何の変哲もない剣だけど。最初に引き抜いた時は、私も師匠も何かの冗談かと思ったわ」

「そう睨むなって。俺だって、その『国宝』とやらの具体的な正体までは知らなかったんだぜ? とはいえ、これは俺が軍事司令部の中枢にいたからこそ手に入った特級の機密情報だ。少しは感謝してほしいねぇ」

腰に帯びた、白く清廉に輝く細剣。これは誰かに譲り受けた訳でも、その辺で購入した物でもない。人間領のとある厳重な遺跡に、幾重もの結界と共に封印されていた代物を、私と師匠が強引に盗み出したものだ。

その位置情報を彼から買い取り、決死の潜入を行ったのが四年前。盗み出した理由は、ただ一つ。武芸や剣術の才能がなく、戦闘歴も浅い私のような人間であっても、一瞬で魔人たちを殲滅できるほどの絶大な『力』が手に入ると信じていたからだ。


だが、蓋を開けてみれば完全に期待外れだった。実際はただの切れ味の良い剣であり、所々に青白い繊細な装飾が入っているだけの、少し贅沢な特注品にしか見えなかったのだ。とはいえ、他に武器らしいものは見当たらなかったし、命がけで潜入したからには手ぶらで帰るのも癪だったため、今でもこうして愛用させてもらっている。

目の前に座る彼は、苦々しい私の表情を見て楽しそうにニヤニヤと薄い唇を歪め、ロックグラスの縁を舌先で舐めた。

「なに? 欲しくなったの?」

「いや、ただの刀剣にゃ興味ねぇよ。そんなことより、そんな曰く付きの代物を奪っちまって、俺自身が国宝盗難の主犯として国から追われる羽目になるほうが、よっぽど面倒クセェ」

ディロックスは中身を飲み干したグラスを傾け、中に残っている丸い氷をカラカラと涼しげに鳴らした。その乾いた音に敏感に気づいたのだろう、カウンターの奥にいたマスターが、流れるような手つきで新たなウイスキーのボトルへと手を伸ばし始める。


そんなディロックスの正面に腰掛け、しばらく彼の様子を観察しているうちに、私はある種の奇妙な違和感を覚えていた。

「あ? どうしたよ、俺のツラに惚れでもしたか?」

「……んな訳無いでしょ。あんたみたいな破綻者を選ぶ物好きなんて、この世界のどこを探してもいる訳が無いわ」

「ははっ、言い切るたぁひでぇな。これでも結構モテるんだぜ?」

――男の趣味、悪くない?

思わず口に出そうになった悪態を何とか喉の奥へ押し込んだ。ディロックスのいつもの軽口を聞いているうちに、私はようやくその違和感の正体に気づいた。

いつもなら、彼の背後にまるで見えない壁のように聳え立っていた『彼女』がいないのだ。


「あんた、いつも金魚の糞みたいに後ろに直立不動で立ってた、あの用心棒はどうしたの? ようやくそのろくでなしぶりに愛想でも尽かされたのかしら?」

「んあ? ……あぁ、あいつならちょっとしたお使いだ。……お前がわざわざそんな事を気にしに来たんじゃねぇだろ?」

「ノエなら俺が直々に依頼して、ここ最近この近くに出没したっていう、たちの悪い化け物退治に行ってもらったぜ」


ディロックスのおかわりのグラスを持ってきたマスターが、当然のように自然な動作で会話に混ざってきた。そのもう片方の大きな金属の手には、冷たい結露を纏った水のピッチャーが握られている。

マスターは私に対し、「水筒をよこせ」というように手招きで促してきた。


「化け物……? それって、どんなやつ?」


何だか嫌な予感が胸をよぎる。私はベルトから空の水筒を外し、マスターの大きな手へと手渡した。

トクトクトク、と小気味の良い音と同時に、地下の清涼な湧き水が補充されていく。

「おめぇ、ここに来る途中で遭遇しなかったか? なんか最近、この森の周辺にバカデケェ肉食の植物みたいなやつが棲みついちまったみたいでな。おかげでうちの客足が減って困んでたんだよ」

やっぱり、あいつだ。私とポポロで討伐した、あの蔦と花の化け物。

というか、そもそもこんな人里離れた隠れ家的な酒場で、客足が遠のいて困るということ自体がおかしく思えるのだが……。


満タンになった水筒を手渡される。あまりにもタイミングが良すぎて、何だか言うのが無性に気まずい。このまま黙っていようか……そう思考を巡らせた瞬間だった。


「それなら、ラグナといっしょにたおしたぞ!」


いつの間にかカウンター席から抜け出し、私の足元までトコトコと寄ってきていたポポロが、我が物顔で胸を張った。

こっちに来るタイミングが悪すぎる…。なんでそんな余計なことをドヤ顔で報告するのよ。

マスターとディロックスは同時に動きを止め、少し驚いたように目を丸くし、それから私の顔を見て事実かどうかを確認してくる。


「……この子が言った通りよ。ここへ来る途中で、完全に駆除したわ」

「んだよ! それならそうと、店に来た時に言ってくれたら良いのによぉ!」


ディロックスは「やっぱりな」と大方推測が当たったような面持ちで、呆れたように深くソファに背もたれを預け、手元のグラスを軽く揺らした。


「急に、歯切れが悪くなったと思ってたぜ……。お前、顔に出すぎだ」

「う、うるさいわね……。言うタイミングを逃しただけよ」


ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる彼から、私は無性に気まずくなってフイと目を逸らした。

本当に、この男の前に立つと手のひらで転がされているようで腹が立つ。


逆にマスターは「ガハハ!」と豪快に笑いながら、私に満タンになった水筒を差し戻してくれた。彼は動きの一つひとつがいちいち大きいため、動くたびに身体のあちこちの金属パーツから「ガチャガチャ!」と賑やかな音が店内に鳴り響いていた。


「了解。報酬を準備するから、ちょっと待ってな」

「マスター、報酬はディロックスでいいわ。仕事を横取りになっちゃったし」

「そんな事気にしねぇよ。お前らが代わりに片付けてくれたんだからな」

「じゃあ言い方を変えるわ。ディロックス――そのお金で、あんたの情報を頂戴」


私の言葉に、ディロックスはグラスの氷をカラリと鳴らし、面白そうに片眉を上げた。


「あ? まあ、お前がそれでいいなら別にいいぜ。……で、どんな情報が欲しいんだよ?」


交渉成立。

これでようやく本題に移れる。ただでさえ肌に合わないこんな小汚い酒場まで、リスクを冒してわざわざ足を運んだ理由も、すべてはこのためだ。私は姿勢を少し前のめりにし、端的に言葉を発した。


「……魔人がいる場所」

「抽象的すぎる。もっと的を絞れ」

「……じゃあ、最近特にヤツらの動きが活発な場所は? どこの馬の骨とも知れない雑魚をどれだけ狩っていても、一向に埒が明かない。幹部レベルの魔人の目撃情報は無いの?」


数年前までは、人間領に対してあれほど激しい侵攻を繰り返していた奴らだ。

だが、その頃の私はまだ圧倒的に実力不足で、師匠からは魔人を狩る許可がなかなか下りなかった。地を幾年も這うような過酷な修行を経て、ようやく師匠に一人前だと認められる頃には、なぜか奴らは人間領への侵攻をピタリと鈍化させてしまっていたのだ。そのため、私が本当に戦いたい幹部レベルの魔人は、まるで息を潜めるように活動を縮小しているのが現状だった。


偶然かどうかはわからないが、奴らの侵攻が鈍化したその時期というのは、私がこの腰にぶら下げている『国宝の細剣』を遺跡の宝物庫から盗み出した時期と、見事なまでに重なっている。だからこそ、その力を振るいきれず、空回りのような日々が続いているのが現状だった。

だがそのおかげで私は、現在進行形で人間領内において立派に「指名手配」されている身だ。完全に顔が割れているわけではないが、それっぽい特徴を捉えた人相書きは各地に出回っている。

だからこそ、人間領の表舞台で堂々と活動できない私にとって、奴らが人間領に攻めてこなくなったことは、ある種好都合でもあった。

私の言葉に、ディロックスはグラスを弄ぶ手を止め、フッと短く鼻で笑った。


「あぁ、それならお前に打ってつけの、とびきりキな臭い話があるぜ。お前、オニカドって国はわかるよな? あの、はるか南西に位置する荒々しい鬼が棲んでる島だ。お前の師匠の故郷だよ。どうやら魔人達が、ここ最近になってかなり力を入れて攻め込んでるって噂だぜ」

「あの、建国以来ずーっと鎖国を続けている……あの鬼の国? なんでわざわざ魔人があんな所に?」

「さぁな。詳しい理由までは流石の俺でもまだ掴めてねぇよ。どっかの誰かさんみたいにお宝でも探してんじゃねぇか」

「そんなわけないでしょ」

ディロックスの軽口を冷たくいなす。


「なぁなぁ、さこくってなんだ?」


ポポロが私の袖を引っ張りながら、不思議そうに首を傾げて聞いてくる。ディロックスが煙草に火をつけ、紫煙を燻らせながら応えた。

「別の国や他の種族と、一切の交流を断って自分たちの世界に閉じこもることさ。そういう意味じゃ、お前さんちの種族とはえらい真反対だな、ガキンチョ。お前ら獣人種は、様々な一族の垣根を越えて協力し合って生きてるんだろ?」

「そうだな! こうりゅうはだいじだぞ!」

「お、意外と意見が合うじゃねぇか。俺はディロックスだ、よろしく」

「ポポロだ! よろしくな、ディロックス」

二人は私の存在など完全に置き去りにしたまま、ごく自然な動作で、けれど対等にしっかりと握手を交わした。私は小さく咳払いをし、強引に話を本題へと戻す。


「……じゃあ、その鬼領<オニカド>に行けば、魔人の幹部と会えるかもってことね?」

「可能性は十分にあるってだけだ。もしいたとしてもそれがお前の探している仇かどうかまでは保証できねぇよ」

「構わないわ。どいつであろうと、あいつらを一匹残らずこの世界から全滅させてやる事実に変わりは無いから」


私の声に宿る、剥き出しの殺意。ディロックスは「相変わらず恐ろしいねぇ」と、わざとらしく両手を挙げて肩をすくめてみせた。

「……ラグナ、あんなやつらと、たたかうのか?」

不意に、ポポロが少し怯えたように私の顔を覗き込んできた。その潤んだ瞳は、この短い時間しか一緒に過ごしていない私にとっても、酷く「珍しい」と感じさせるほど、弱々しく、そしてどこか哀しげな色を帯びていた。


「そうよ。私はあいつらを全員殺すまで、絶対に死ねないから」

「ま、こいつはもう、とうの昔に復讐っていう底なし沼に囚われちまってるのさ。かける言葉もねぇよ」

「あんただって、その魔人に人生をめちゃくちゃに狂わされた被害者の一人じゃ無いの?」

「俺はお前みたいに、終わった過去にいつまでも執着しちゃいないだけさ。命あっての物種だ」


椅子から勢いよく立ち上がる。

用は済んだ。これ以上、この男の冷めきった価値観に付き合うつもりはない。

「おいおい、何だよ。せっかくここまで来たんだから、もう少しくらいゆっくりしていけよ。外はもう日も暮れる頃だ。今夜はここに泊まっていけよ」

「余計なお世話」

そう吐き捨てて席を立ち、踵を返して喧騒へと戻ろうとした――まさに、その瞬間だった。私の目の前に、光を完全に遮るほどの圧倒的に巨大な人影が一つ、音もなく立ちはだかった。


バーのマスターの巨体に勝るとも劣らない、二メートルはあろうかという見上げるような巨躯。そして、その規格外の体躯は豊満で、均整の取れた恐るべき肉体の輪郭を描いていた。

その強靭な四肢や、露出した鎖骨の周りには、鈍い鈍色に輝く硬質な鱗が点在している。側頭部には、漆黒の髪を掻き分けるようにして、血のように禍々しい赤黒い立派な角が二本、天に向かって聳え立っていた。それこそが、彼女が戦闘種族――竜人族であることを何よりも証明している。

衣服の裾からは、ポポロのふさふさとした愛らしいものとは根本的に異なる、丸太のように太く、硬質な鱗に覆われた逞しい尻尾が床を這うようにして覗いていた。その尾の根元にすら小さなタクティカルポーチが装着されており、彼女の「備え」に対する異常なまでの余念のなさが見て取れる。


彼女の衣装も、驚くほど機能的で無駄がない。ぴったりと身体にフィットした黒いタンクトップに、腰回りを無骨なミリタリーベルトが締め上げられており、健康的な腹部とその所々には鱗が見え隠れしている。ベルトの周囲には大小様々なポーチが整然と並び、そこから太ももへと伸びるレッグハーネスが、肉感的な肢体を硬質に引き締めていた。上からは動きを阻害しない薄手のジャケットを羽織り、下部はロングパンツでシンプルにまとめられている。


その背中には、彼女の武器である巨大な「剛円の盾」が背負われていた。状況によって複雑に変形し、長大な「大刃双極斧」へとその姿を変えるその武器は、彼女の破壊力や並外れた膂力との相性の良さを、言わずもがな物語っている。

その凛とした、一片の隙もない端正で美しい顔立ちと、鋭い視線。

部屋の壁をそのまま削り出したかのような凄まじい質量感。彼女はそこに立っているだけで、小汚い酒場の空気を一瞬で凍りつかせるほどの異彩を放っていた。

そんな彼女に、背後からどこか可笑しそうに声をかけたのは、ディロックスだった。


「ノエ、遅かったじゃねぇか。どうやら俺たちの今回の依頼、そこにいるラグナが横取りしちまったみたいだぜ?」

ノエと呼ばれたその竜人の女性は、その鋭い目つきで私を見下ろしたまま、静かに唇を開いた。

「道理で、この辺り一体の指定区域をどれだけ捜索しても、対象が見つからないわけです。……遅くなりました、ディロックス」

「いやいや、ごくろーさん」

巨躯の見かけによらず、落ち着いた聞き取りやすい声で淡々と、冷静に報告を済ませる。その報告に対してディロックスがひらひらと手を振ると、ノエは一度だけ主人に向かって完璧な角度で一礼した。

そして再び、その冷徹な双眸を私へと向けた。

「それより……我が主のせっかくの誘いを、無下に断るとは。あなたも偉くなりましたね、ラグナ」

ギロリと、上空から射すような鋭い視線が私を捉える。その声自体はどこまでも静かで丁寧でありながらも、内側に逃げ場のないほどの圧倒的な怒気と暴力を孕んだ質感に、私は武者震いが走るのを止められなかった。


後ろをついてこようとしていたポポロにいたっては完全にビビり散らかしており、私の足元に目に見えるほどガタガタと震えながらしがみついている。自称勇敢な冒険者は、一体どこの世界へ消え去ってしまったのだろうか。というか、ちょっと暑いから離れて欲しい。


「おいおいお前ら! 頼むから二人が店の中で暴れるのだけは勘弁してくれ、うちの店がもたねーよ! ほら、座れ! これが今回の化け物退治の報酬の金と、ついでに再会を祝って、店からのサービスだ、食え食え!」

割って入ったマスターが、テーブルの上にドサリと大きなお金が入った革の小袋を置き、続けて信じられないほどの量の湯気が立ち上る豪快な肉料理の数々を次々と並べていった。

スパイスの効いた、香ばしい炙り肉の匂いが、一瞬にして鼻腔を満たす。

今朝少し乾パンを食べただけで、それ以降は化け物との戦闘も含めて何も口にしていない。目の前に並べられた、暴力的なまでに美味そうな料理の数々は……今の私の胃袋にとって、あまりにも抗いがたい誘惑だった。


「ノエ、食おうぜ。メシは暖かいうちに食わねーと」

「おっしゃる通りですね。……ではお言葉に甘えて。マスター、頂きます」

ディロックスに声をかけられた彼女は、先ほどまでの高圧的なプレッシャーを綺麗に霧散させ、彼の隣へと腰を下ろした。並んで座ると、ディロックスとノエの座高差は圧倒的にノエのほうが上だった。まるで親子の身長差を見ているかのようだ。

足元のポポロも、いつの間にか私の影から抜け出し、ちゃっかりと椅子に座り直している。


「食わねぇのか? マスターはあの見た目によらず、料理はうまいぜ?」

「いらないのならば私がすべて頂いてしまいますが……」

「おいおい、聞こえてるぜ~?」

「これうまいぞ、なんてりょうりだ?」


その光景に、お腹の虫が小さく鳴った。

この長旅を始めてから、あまりお腹いっぱいに食べた記憶はない。

「それにどうせもう夜も遅い。たまには羽を休めたって罰はあたらねぇ」

「……しょうがないわね」

半ば観念したように、ポポロの隣へとゆっくりソファに腰を下ろした。

「……いただきます」と、誰に言うでもなく一言だけ小さく呟く。

そして、手近な肉へと手を伸ばし、バクバクと勢いよく食べ始めた。


図らずとも、ディロックスたちと食事を囲む形になったことが何か癪ではあるが――明日から始まるであろう、あの鎖国の島、そして師匠の故郷でもあるオニカドへの途方もない長旅に備えて、今は少しでも多くの英気を養うために。

今はただ、この圧倒的な食欲に身を任せるのであった。

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