駆け付ける
「残念だけれど、ヴィミちゃんじゃ、私に傷一つ負わせられないよ。私に身を委ねるなら、殺さないでいてあげる」
ドリミアは舐めまわすような視線でヴィミの体をなぞる。
ヴィミの肌に鳥肌が立った。それでも彼女は【獣拳】を織り交ぜながらドリミアに攻撃を仕掛ける。だが、全て赤子のパンチを止めるように簡単に防がれる。
魔法攻撃の【獣拳】も、ドリミアの灰色の髪を靡かせる威力しか出ない。
「くっ、お前も化け物か……」
ヴィミは眼を鋭く尖らせ、歯が見えるほど頬が引きつった。
「ふふふっ、いいねぇ、その表情。ぞくぞくするよ。快楽で骨の髄までどろどろに溶かしてしまったら、もっといい顔になるだろうなぁ」
ドリミアは細長い手の平でヴィミの汗ばんだ頬を撫でる。あまりに大きな隙。そこに打ち込まれるヴィミの拳も、容赦なく止める。
「泥棒猫、なんでドリミアさんに攻撃しているの。今はあの化け物の方に集中しなさいよっ」
リンはアンダルタとヴィミたちを交互に見回した。辺りに視線を向け、ダルシーも探す。
「これ全部、この男が仕組んだ罠だ」
ヴィミは図太い声で吐き捨てる。
彼女の発言にノーリス、カリー、リンは言葉が返せなかった。
「はじめからあやしいと思っていた。言動、雰囲気、目の動き、汗のにおい、何もかも」
「そんなに私に気があったのかい? それならそうと早く言ってくれればよかったのに」
「ゴミみたいに臭い口を閉じろ、ゲス野郎……。お前からは下水みたいなにおいがぷんぷんしている。吐き気が止まらないくらいだ」
「そういう、強気なところがたまらないねぇ。股を開いたら、どんな声で鳴くのかな? 快楽に溺れて、雌猫のようにお尻を振ってくれるのかなあ~。あぁ、考えただけで勃起しちゃう」
ドリミアはヴィミの顔を鷲掴み、後頭部を地面に叩きつけようとした。
その瞬間を見計らい、ヴィミはドリミアの腕に両脚を絡みつけ、関節技で肘を粉砕しようと試みた。だが、まったく折れない。
「そんなに腕に絡みつかれたら、くすぐったいよ。この筋肉質なのに、しなやかな脚が実に色っぽい」
細身のドリミアの力が強いのではなく、ヴィミの力が大幅に下がっていた。
ドリミアが腕を払いのけるとヴィミは咄嗟に離れ、呼吸を整える。攻撃は一向に通らない。それでも、果敢に攻め続ける。
「ヴィミは生きている。でも、ドリミアさん、どうして……」
レオンが信頼していたドリミアはアンダルタから冒険者たちを助けず、狂人のように高笑いしヴィミと戦っていた。
レオンは視界に広がる状況から目を一瞬反らす。アンダルタの存在、敵の正体、共に最悪な予想が重なる。大量の情報が絡まり合い、思考を放棄していたが頬を勢いよく叩いた。
「僕は何しにここに来たんだ。仲間を助けるためだろ」
レオンは空気を肺一杯に吸い込んだ。腹に力を入れ、息を止める。
両腰に付けられたナイフホルスターから出ている大型のアントナイフの柄を握りしめ、腰を低くする。
武器を引き抜くと同時、地面を蹴る。音を置き去りにして全力で駆け出した。
今、ヴィミはドリミアに首を掴まれ、脱出できずに藻掻いていた。
「ん? 何だ……」
ドリミアは身をピクリと跳ねさせ【予知】が反応した方に視線を向ける。だが、そこに誰もいない。
数百メートル先に一六層への入口があるだけだ。
すでにドリミアの死角一メートル付近に回っていたレオンは音もなく停止する。それと同時、鈍色のアントナイフを振りかざした。
銀色の線が空中に引かれ、ドリミアの右手の手首を刃がかすめる。
攻撃に反応され、切り落とすに至らなかった。だが、アントナイフの刃に少量の血が付着した。
ドリミアは画鋲でも踏んだ時のように顔を顰める。息が詰まり、ヴィミの首を手放す。バックステップを踏みながら距離を取る。
「レ、レオン、ど、どうして……」
「仲間を助けに来たに決まっているでしょ」
レオンは優しく微笑む。そのまま意識が朦朧としているヴィミを優しく受け止める。
彼女をお姫様抱っこしながらダルシーとパックスがいない『聖者の騎士』のもとに走った。
「みんな、無事でよかった」
ノーリス、カリー、リンは瞬間移動のように現れたレオンを見て目を見開き、口をぽっかりと空ける。
「あれぇ、おっかしいな。一二層のボス部屋の扉を閉じるように言っておいたんだけど。なんで、レオンくんがここにいるわけ? あいつらクズだけどLv.3だったんだけどな……、フレアリザードに負けるとも思えない」
ドリミアは引きつった笑顔のまま、独り言ちる。
「ヴィミ、立てる?」
レオンは彼女を下ろし、地面に立たせようとする。
「ちょ、ちょっと、まだ……」
ヴィミは立つのもままならない状態だった。
――僕が時間を稼がないと。
「信じたくありませんけど、ドリミアさんが僕とヴィミを殺そうとしていた人ですよね」
「なんでそう思うのかな? ヴィミちゃんがかってに私を犯人扱いしているだけかもしれないよ」
ドリミアはヘラヘラと笑いながら冷や汗が浮かぶ額を手の甲でぬぐう。背後にいる巨大なアンダルタではなくレオンから、視線を一切外さない。




