扉を壊す
ボス部屋の中で誰かが戦っている時は、どんな力自慢でも分厚い扉は開けられない。
「だ、大丈夫。一団も多少の遅れを想定して動いているはず。今のうちに、地図を全て覚えてしまおう」
レオンは日記帳に書かれている一三層から一七層までの正規ルートを凝視する。
だが、一時間、二時間、三時間経っても扉が開かなかった。
「内部でまだ、戦っているのか?」
扉に耳を当て、内部の状況を探ろうとするが厚い扉に阻まれる。
扉の前でレオンは右手の親指を左手の爪に何度も押し当てる。深く息を吸おうとしては途中で止まり、何度も日記帳に視線を向けて、道を確認するだけ。
「遅い、遅すぎる……」
誰に言うでもない声が漏れた。足元では、彼の片足がトントンと地面を打つ。
扉の前で腕を組みながら右往左往と歩き回り、日記帳を睨みつけるたびに眉間のしわが深まる。
歯を食いしばり、手に持っていた日記帳に力が入る。
日記帳をウェストポーチにしまうと、右でアントナイフの柄を握る。
顎を引き、天井を睨むように顔を上げる。そのまま、肩で大きく息を吐いた。
「もう、いい加減にしてくれよ……」
声のトーンは低く、震えた。
意味もなくアントナイフで扉に攻撃した。だが、跳ね返される。
二度、三度と繰り返すが攻撃は通らない。
「なら、これならどうだ。【血狼の牙】」
レオンは《スキル》を使いながら扉に攻撃した。
すると、扉がほんの少しひび割れる。
「ブラッドウルフが壁に巨大な爪痕を残したときと同じように攻撃が通った……」
ダンジョンも一種の魔物という説がある。扉もダンジョンの一部だ。
「《スキル》を使えば扉にも攻撃が通るのかもしれない……、それなら」
荒々しかった呼吸が深くゆっくりになり、両手でアントナイフを握る。
「攻撃判定時、敵の体力の三パーセント固定ダメージ。・敵の耐久や《魔法》《スキル》《レアスキル》の効果を無視する。・任意発動」
レオンは《スキル》の内容を呪文のようにブツブツと唱えていた。
そのまま、道を阻む扉を睨みつける。
「【血狼の牙】【血狼の牙】【血狼の牙】【血狼の牙】【血狼の牙】【血狼の牙】……」
周りから見れば狂った人間のように分厚い扉に攻撃を繰り返す。
硬い岩に金属を叩きつけるような反動が手に跳ね返る。
そのたび、正座させられている時のように痺れが増した。だが、一度も速度は緩めない。
「これで最後だ、【血狼の牙】」
三三回目の攻撃を加えると巨大な扉全体に蜘蛛の巣状の亀裂が広がる。
「おっらぁああっ、壊れろっ」
レオンはすでに亀裂が入っていた扉にアントナイフの穂先を勢いよく突き刺す。
亀裂全体から紫がかった魔力が吹き出す。
形が保てなくなった扉は岩の欠片となって地面に崩れ去る。
「う、嘘、だろ……」
「ど、どうやって」
「あ、ありえねえ……」
冒険者が三名、フレアリザードを拘束魔法で縛り上げた状態で、地面に座り込んでいた。
右手にエール瓶が握られており、ほど良く酔っぱらっている。
「すみません、三時間もずっと、酒を飲んで楽しんでいたんですか? だとしたら、誰にそうしろといわれたか、教えてもらってもいいですか? できるだけ早く答えてください……」
レオンは座り込んで酒を飲んでいる冒険者たちをにらみ、一歩ずつ近づいていく。
声の圧力とアントナイフの柄を握る力は増すばかり。
冒険者たちはよろよろと立ち上がる。
背後のフレアリザードに攻撃するわけではなくボス部屋に入り込んできたレオン目掛けて三方向から走り寄った。
「黒髪の男で、ナイフを身にまとっている。こいつが標的だっ」
「こいつを殺せばルークス金貨一〇枚って割が良すぎるよなっ」
「レベルの差ってやつを教えてやるよっ」
三名の冒険者は剣を引き抜き、レオンに振りかざす。連係動作はない。
「……皆さん、救助カードは持っていますよね。持っていなかったら、死ぬかもしれませんよ」
レオンは大型のアントナイフを逆手に持ち、冒険者たちの手首を切り裂いた。
冒険者たちは、腕を振るう。だが、腕の先に手と剣はすでにない。
手首から滝のように血が溢れ出ている。顔を青くした冒険者たちの腰が抜けた。
三名の体が救助カードに入ると、所持品が全てドロップアイテムのように地面に落ちる。
加えて、フレアリザードを拘束していた魔法も解除された。
「悪いけど、時間をかけている暇はないんだ」
レオンは返り血を一切浴びていない状態で巨大なフレアリザードの前に立つ。
アントナイフと【血狼の牙】の連続攻撃でヴィミほどではないが瞬殺。
打倒されたフレアリザードがドロップアイテムに変わる。
「こんなことする者がいるなんて。ますます現実味が出てきた。ヴィミ、無事でいて……」
レオンは中層に繋がる扉の前に立つ。
Lv.1の者が一人で、中層に入ってはならない。それは自殺行為だからだ。
「ここに入ったらブラックリストに載って冒険者にも救助隊にも戻れない。田舎に戻って刺激のない死人のような毎日を過ごす日々になる。でもヴィミの危機に駆けつけられず、一生会えなくなってしまう方が何倍も嫌だ」
中層の入口に近づくたび、体が震えてしまう。一歩が小さくなる。
目の前に広がっている通路は暗く、視界は悪い。
氷の裏から風を受けているような冷たい空気が流れ込んでくる。
それでも、冷や汗が止まらない。頬を伝う汗が一滴、地面に吸い寄せられるように落ちる。
――こんなところで、立ち止まっている場合じゃないのに。
分厚い壁に阻まれるように、レオンの体は空間が変わる境目の前で完全に進みを止めた。
そんな時、
『冒険者も救助隊も本質は同じ。必要なのは、前に進む勇気を持っているかどうかでしょ』
ヴィミが背中を押してくれた時の言葉を、どちらも諦めなければならない時に限って、思い返す。




