禁止
レオンは全力で走り、地上に出る。
ウルフィリアギルドに戻ったころ食堂が目についた。
――もし、ドリミアさんが犯人だったら。もし、敵の狙っている相手がヴィミだったら。
彼は部屋の中に駆け込み、扉の鍵をすぐに閉めた。
ベッドの上に乗り、シーツで包まる。
「体の震えは季節の変わり目だから、風邪を引いてしまっただけだ。さっさと眠って治そう」
目を瞑る。だが、まったく寝付けない。それでも無理やり目を瞑り続ける。
三分間、ベッドの上で寝がえりを何度もうち、額にはじっとりと汗が滲み、喉の奥からかすれた呻き声が漏れる。
「ダメだ、心配で寝ていられないっ」
レオンはシーツを放り捨て、ベッドから飛び降りる。
机の上に置かれていた古びた日記帳を手に取った。日記帳に中層の地図が描かれていた。
「『インフィヌート』の正しい道はほぼ変わっていないはずだ。中層で魔物と戦わなければ、ヴィミが一七層に入る前に追いつけるかもしれない」
レオンは険しい顔のまま部屋を飛び出す。
Lv.1の冒険者また救助隊員は所属しているギルドの許可なく中層に入ってはならない。
そのため、彼はギルドマスターの部屋にノックもせず扉をあけ放ち、入り込んだ。
「キアズさん、ヴィミに危険が迫っているかもしれませんっ。僕に中層に行かせてくださいっ」
レオンは窓から差し込む西日を受け、顔をしかめながらも仕事机で書類作業をこなすキアズに声を張り上げた。
キアズは眉間に皺を寄せ、羽根ペンを止める。
「突拍子もないことを言うな。手短に要点をまとめてくれ……」
レオンは六層の異変の件や最悪の事態について手短に伝える。
「レオンとヴィミがブラッドウルフを六層に呼び込んだ何者かに狙われている? 一七層で下層深層並の魔物が出現する? ちょっと、待ってくれ、理解が追い付かない」
キアズは眼鏡を持ち上げ、眉間を指で揉みながら、深呼吸した。
「その根拠は? 確かな情報なのか?」
「こ、根拠はありません。全部、僕の推測とシーフの勘です……」
キアズは深いため息をつき、額に手を当て、天井を仰ぐ。
「ヴィミがそう簡単にやられるような奴じゃないってわかっているだろう。心配しなくても、あいつなら無事に戻ってくる」
「もしっ、ヴィミが危険に陥っていたら誰が彼女を助けるんですか。今、彼女の仲間は僕しかいないんですよっ。何かが起こってからでは遅い。今ならまだ間に合うかもしれないっ」
レオンはキアズの仕事机に勢いよく手を突き、前のめりになりながら声を荒げた。
「中層に一人で行くのは許可できない」
「どうしてですかっ。僕は中層でも救助隊として仕事してきました。実績なら十分なはずですっ」
「ヴィミがいたから許可していただけだ。救助隊だからといえどLv.1のお前が一人で中層に行くのは危険すぎる」
「僕の足ならヴィミが一七層に入る前に追いつける。言い争っている時間はありませんっ」
「それは救助隊ギルドの仕事ではない。事前に防ぐのではなく、起こってから対処する」
「別に他の救助隊に助けを求めているわけじゃありません。僕に中層に行かせてくださいっ」
レオンは握りこぶしを作り、仕事机を力強くたたく。その都度、出したこともないほど、大声で叫んでいた。
「ギルドマスター命令だ、レオンはヴィミが戻るまで中層に入るのを禁止する。破れば、お前は王都の中でブラックリストに乗るぞ」
ブラックリストに乗れば、冒険者ギルドや救助隊ギルドで仕事ができなくなるどころか、銀行でお金を貸し借りも出来なくなる。
王都で生活できなくなるということは『インフィヌート』に今後一切立ち入れなくなるということ。
レオンはキアズに英雄になるという夢を人質に取られた。
「一度、頭を冷やせ。思い込みが激しい所が、レオンの短所だ。いくつも思い違いしているかもしれないじゃないか」
「シーフの勘がずっと反応しているんです。勘に頼りたくありませんけど、職業柄、仲間の危険にだけは人一倍、敏感なんです」
レオンは握りこぶしを震わせ、前髪で目が隠れるほどうなだれながら、絞り出すように呟く。
「遠くに離れているヴィミの身に何かが降り掛かろうとしている。お願いです、僕に中層に行かせてください」
レオンは背筋を正し、腰が九十度に曲がるほど頭を深々と下げた。
だが、キアズに首を縦に振ってもらえなかった。
「今の僕なら、自分の力で仲間を守れるかもしれないんです」
「……駄目だ。許可できない。私はウルフィリアギルドのギルドマスターだ。部下をみすみす危険な場所に送りたくない」
キアズは淀みのない瞳をレオンに向けながら冷静な口調で答える。
レオンは手の平に爪の跡が残りそうなほど強く握りしめていた。
Lv.2ならギルドマスターの許可なく中層に入れた。
Lv.2なら『聖者の騎士』を抜ける必要もなかった。
Lv.2ならヴィミと一緒にレベル上げ研修に参加できた。
――今、どれだけ願ってもLv.1からLv.2に上がりはしない。
レオンはキアズに背を向けた。彼の影がわずかに震えている。
しばらくの沈黙の後、彼は静かに前髪をかき上げる。額に当てた手は動かない。
まぶたをきつく閉じ、鼻から息を吐いた。歯を食いしばる音が、かすかに聞こえる。
彼はギルドマスターの部屋から出て、清潔で静かな廊下を幽霊のように覇気がない状態で歩く。
無意識に食堂までやってくる。
『レオン、おはようっ。朝食を取ったらすぐに出発するわよ』
『レオンって意外に良く食べるのね。ま、私のほうが何倍も多く食べられるけど』
『レオン、ことあるごとに抱き着こうとするの禁止っ。え、それは私の方だって? そ、そんなことあるわけないでしょっ』
レオンは誰もいない食堂を遠い目で見つめる。だが、そこにヴィミの姿はない。
――強ければ英雄になれると思っていた。レベルが高くなければ役に立てないと本気で思っていた。でも、ヴィミと救助隊ギルドで働いて、レベルが低くても人のためになれると知れた。レベルが低くても胸を張れるようになった。
力が抜けていた手の平が小指から握り込まれ、硬い拳になる。
肩を震わせ、奥歯が砕けそうなほど食いしばっていた。
「……仲間を見捨てる奴が、英雄になれるわけがない」
――英雄のような偉大な男になれなくてもいい。大切な仲間を守れる男でありたい。
レオンは走り出した。動き出した足は止まらない。
ウルフィリアギルドを出ると日が高く上り、西に少し傾いた時間帯だった。
今朝、冒険者が出発し、すでに六時間近く経っている。
「ヴィミだけなら一七層まで一時間くらいで行けるだろうけど、今は団体で行動中だ。僕の足ならまだ間にあうはずだ」
レオンは東大通りの馬車用通路を全速力で突っ切る。
女性のスカートが勢いよく巻き上がるほどの突風を生み出しながら走り続ける。
三分も経たずに『落とし豚』に到着した。すぐさま『インフィヌート』の内部に入り込む。
三〇分足らずで一二層に到達。中層に続くボス部屋の扉に触れる。
「あ、開かない……」




