命を狙われている?
レオンは頬を力強く叩く。息をゆっくり整える。
彼は受付に設置されている〈ステイタス〉を調べる魔道具に手を乗せる。
〈ステイタス〉
《アビリティ》
力:H188 耐久:I88 器用:7S1565 俊敏:8S1695 魔力:I55
『力』が少し成長した。だが『器用』と『俊敏』の値が伸びると合計値が増える。その影響で、上層の魔物を倒しても大きな成長が見込めない。
「まだまだ、Lv.2に程遠い……」
レオンは金属が曲げられそうなほど両手を強く握りしめた。
「レオン、ちょっといいか?」
キアズは受付の前に立ち、眼鏡のブリッジを指で押し上げた。
「は、はい。なんでしょう」
「六層に落ちていた二二枚の救助カードのなかに入っていた者たちは、四人の冒険者パーティーが三組、五人の冒険者パーティーが二組だった」
「冒険者パーティーでしたか」
「皆、バラバラに移動していたわけではなく何者かに襲われて逃げたそうだ。傷はシャドウウルフの攻撃ではなく、鋭利な武器で切りつけたような形状だったため人間による被害だと推定された」
当時、救助カードは血溜まりの上に浮いていた。まるで、そこで攻撃を受けたような状態に見えた。
――ギルドカードがバラバラに設置されていたのは、人の犯行をわかりにくくするための偽装だったとしたら……。当時からずっと引っかかっていた。この身に危険が迫るような感覚は何かしらの罠だ。
レオンはシーフの職業柄、罠の気配だけは反応が敏感だった。危険が身に降り注ぐような気配が残り続ける。
彼はいても経ってもいられず『インフィヌート』に向かった。
キアズの話を聞いている間に冒険者たちは出発し、『落とし豚』の前にいない。
「どれだけの数の冒険者が『インフィヌート』の中に潜ったんだろうか」
今は他の冒険者の心配ではなく、調査を優先する。『インフィヌート』に潜り、六層に足を運んだ。
狼に狙われているような息苦しさはない。
六層の地図を取り出し、印がつけられている場所を巡る。すでに血だまりはなかった。
行き止まりに来る冒険者は滅多にいない。何か犯行の証拠になるような品がないか探る。
「あの時は、視野が狭まかった。冷静な今なら、何か見つけられるんじゃないか……」
レオンは目を凝らした。
地面は固く、足跡が残らない。加えて、岩肌のため水がしみ込まない。
日の明かりもなく、水分は簡単に蒸発しない。
天井から水滴が落ちてくる。あたりを見渡せば水たまりが大小に関わらず存在した。
「この水溜まりに血を混ぜてそれっぽく見せていたのかな? 考えたら救助カードの周りに持ち物が落ちていなかったのも不自然だ」
調べるたび、誰かが救助カードを拾い、バラバラに移動させた可能性が高まる。
レオンは辺りの警戒を怠らずに歩く。
「こうして見ると、道を潰されている気がする。って、ちょっと待てよ、その可能性はあるんじゃないか?」
レオンは地図を再度見下ろした。行き止まり以外の道を視線でなぞる。その都度、最後の分かれ道に到達した。
「当時、救助カードが行き止まりに置かれていたから、その道を全て捜索し終えたと思った。敵はそこを突いてきたんじゃないか?」
ヴィミが特殊なだけで、救助隊の仕事の基本は道を潰して行くこと。それが救助カードや遭難者、怪我人をもれなく探す方法だった。
「バラバラに配置された救助カードは最後の四枚を探して偽宝部屋を調べようとさせるための罠……」
レオンは地図を持つ手が小刻みに震えた。額に汗が浮かび、呼吸が無意識に止まる。
「誰かが救助隊を無差別にブラッドウルフをぶつけさせようとした? いや、僕たちの後に調べに行った救助隊の人はブラッドウルフに遭遇していない。僕たちの時だけ、現れた……」
彼は腕に鳥肌が立ち、息が上がる。沈む船から鼠が急いで逃げ出すように、体中で危険を感じとる。
――何者かが僕たちの命を狙っているのか?
あたりを見渡し、身構える。手がアントナイフの柄に向かった。
「ヴィミにも知らせないと。って、今、一八層に向っている途中か」
前髪をかき上げ、額に浮かんだ汗を袖で拭う。
「敵は大量の血でブラッドウルフがおびき寄せられるという習性を知っている者だ。下層、深層に潜った経験がある者くらいしか知らないんじゃないか?」
六層から退却。身の安全を確保できる場所まで、辺りを警戒しながら移動する。
――ブラッドウルフと戦って真面に生きていられる冒険者の方が少ない。それにも拘らず、敵はブラッドウルフをおびき寄せ、身の危険を伴う方法を使っている。相当『耐久』に自信がなければできない所業だ。ブラッドウルフの攻撃も怖くない冒険者なんて、深層の魔物の攻撃も効かないドリミアさんくらいしか……。
『ドリミアさん、その肩の傷はどうしたんですか?』
レオンは、ドリミアの右肩にうっすらと傷のような線があったのを思い出した。
「あの時、僕が咄嗟に投げたアントナイフの幅と傷の幅が似ている」
彼はレッグホルスターから、顔が反射して見えるほど綺麗に研磨された細いアントナイフを引き抜く。
「このアントナイフがドリミアさんに刺さるのか? そもそも、あの、ドリミアさんが僕たちを殺そうとするわけがないじゃないか」
頭を振るい、苦笑いする。だが、体の震えや鳥肌が収まらない。
「現実味がない。どう考えてもあり得ない」
そう口にするが、手は小刻みに震えるばかり。
「思い違いだ。そうに決まっている。でも、誰かが僕たちを狙っているのは確かだ。ヴィミと『聖者の騎士』が戻ってくるまで、ウルフィリアギルドで大人しくしていよう」




