押しに弱い
「こんなところに来たってことは、何か嫌なことでもあったのかい?」
「いえ、嫌なことというわけではありません」
「良い酒でも買ってくれりゃあ、話くらい聞いてやってもいい。あんたの名前は?」
「レオンです。じゃあ、とりあえずルークス銀板一枚の弱めのお酒を……」
「とりあえずで出していい金じゃねえんだよなぁ。レオンは中々の金持ちみたいだな」
気だるげな嬢たちの目つきが変わった。
「今日は、お金を使いたい気分なんです……」
「おい、いい酒を持ってこい」
レオンの隣に座っている虎人の嬢が若い嬢に声をかける。
若い嬢はローテーブルに蒸留酒の酒瓶と分厚い氷やレモン、水差しが入った銀色のバケツ、底が分厚いグラスを二個置く。
虎人の嬢は分厚い氷を握り潰し、グラスに入る大きさに割る。
グラスに氷と酒を入れ、水とレモン果汁を加えた品をレオンに手渡した。加えて手早く水とレモン果汁無しの品を作る。
「乾杯」
「か、乾杯……」
ガラス同士をぶつけ合う甲高い音が、静かな店内で一回響く。
嬢の距離間が先ほどより近くなった。レオンが腕を動かすと大きな胸に当たってしまいそうなほど。
レオンは体を硬直させながら、酒を小さじ一杯ほど口に含む。
――の、喉が焼ける。アルコールのにおいが鼻にしみる。
彼は酒を一口、二口、飲み込む。すると耳の肌がじんわりと赤くなり、表情が解れる。
「僕、どうしてもやりたいことがわからないんです……」
「どうしてもやりたいことねぇ。そんなことが考えられるだけで幸せだと思うよ」
虎人の嬢はレオンの横顔を見ながら、目を細める。
「普通は、生きていくだけで精一杯。どうしてもやりたいことができない者ばかり。私だって本当はこんなところで働きたくないし、キモイ男の相手なんかもしたくない。でも、やらないと生きていけない。大切な生活がかかっているからね」
虎人の嬢は蒸留酒をグビグビと飲み干していく。グラス一杯分飲み干すが、ただの水を飲んだかのように顔に変化はない。
「どうしてもやりたいことのほかに、どうしてもやらなければならないことがある。レオンのそれは何だい?」
レオンは顎に手を当て、少し時間をおいてから口を開く。
「生きていくためにお金を稼ぐこと、ですかね。ありきたりな考えかもしれませんけど……」
「どうしてもやらなければならないことをこなしていれば、どうしてもやりたいことが見えてくるもんだ。見えてこないなら、それはすんごく遠くにあるか、驚くほど近くにあるか、どちらかだろう」
「……さ、参考にしてみます」
酒を少しずつ飲んでいたら、若い虎人の嬢がお金を持っているレオンのもとに集まりだす。
大人っぽいお姉さんから、年下っぽいかわいい子まで。
「あ、あの、ちょ、ちょっと……」
「レオンくん、初心でカワイイ~」
「レオンさ~ん、私にもお酒、くださ~い」
レオンは若い虎人の嬢たちの暇潰し相手にされた。ボトル一本も飲めないため、お酒を分け合う。
「レオンくん、太っ腹~。超カッコイイ~」
「きゃあ~、レオンさん、大好きです~」
若い虎人の嬢たちはレオンがついだ酒を飲む。
お礼といわんばかりに、レオンの頬にキスし、胸を押しつけながら抱き着いた。時に、頬をこすりつける者も現れる。
「ふっ、ずいぶん気に入られたな。今ならちょっとくらい触っても大丈夫だぞ」
「そ、そんなこと言われても」
「レオンくん、おっぱい、触ってもいいよ~」
「レオンさんになら、触ってほしいくらいです~」
若い虎人の嬢たちは大きな胸や、露出した太ももを見せつける。
レオンはグラスに残ったお酒を飲み干す。柔らいだ笑顔を若い虎族の嬢たちに向けた。その後、手を持ち上げ、両者の頭を撫でる。
「僕はこれくらいで十分です」
「「……キュンっ」」
大人っぽい嬢と子供っぽい嬢の頬が赤まる。レオンとの物理的な距離がほぼゼロになる。
――一応甘えられているっぽい。ただ、猛獣が遊び道具を見つけたような感覚は否めない。でも、冒険者はどうしてこれに嵌るんだろう? これなら、ヴィミと焼き肉を食べている方が何倍も楽しい。
酒を飲み、追加で頼んだ料理を食べ終えた。結果、ルークス銀板二枚と高額な支払いとなった。
若い虎人の嬢たちは紳士的なレオンの気を引こうと投げキッスや、ウィンクでアピールする。だが、彼は靡かない。
「レオンは私生活で虎人の女に興味があるんだろう。年が近く、強くて、短気、冷たくされているようで意外と情に深いやつ」
初めに声をかけてきた虎人の嬢は腕を組みながら微笑んでいた。
レオンは直接言われ、胸を蹴り上げられたように息詰まる。
「きょ、興味があるというか、気になるというか……」
「久しぶりに楽しませてくれた礼に、一ついいことを教えてやろう。虎人の女は、押しに弱い。覚えておくといい」
虎人の嬢は胸の下で身を抱くように腕を組み、胸の大きさを強調した。柔らかい表情を向ける。
「な、なるほど。ありがとうございます」
レオンは女を誘うなどできるわけもなく、腰が低い社会人のように頭をペコペコと下げて店を後にする。
入るまでは何されるかわからずお酒をちびちびと飲み込むのがやっとだったが、今は嬢たちに手を振れるくらい緊張がほどけた。
――お金を払って、話を聞いてもらったと思えばいい経験だった。
彼は王都の中央に向かって歩く。
「虎人だからってわけじゃなかったんだな。ヴィミだから……、よかったんだな」
口にすると、酒を飲んだ時より顔が赤く染まる。
――ヴィミのことを考えたら胸の鼓動が明らかに大きくなってしまった。……会いたいな。
今日、レオンは一度もヴィミに会っていない。そんな日は救助隊ギルドに入ってからなかった。
彼は西大通りから小走りで東大通りにあるウルフィリアギルドに戻った。
――ヴィミもウルフィリアギルドに住んでいる。今なら食堂にいるんじゃないかな。
食堂に足を運ぶと、銀色の鎧をまとった男を見つける。
「いやぁ、シグマさんから、ウルフィリアギルドにも優秀な子がいるって聞いてね。丁度いいかなって思ったんだよ。ヴィミちゃんは今、Lv.2なんだよね? 何なら、もうすぐLv.3になれるそうじゃないか。ぜひ、ヴィミちゃんにも参加してもらいたいんだ」
食堂でドリミアとヴィミが話し合っていた。
その姿を見て、レオンは柱の裏に咄嗟に隠れる。




