研修
「す、すごい精密な地図だ。魔物に関しても記されているなんて」
研究者は一七層で巨大な熊のような魔物と遭遇。『鬼熊』と命名されている。
アンダルタが下層から深層にいても不思議じゃない強さだったと記されていた。
上層中層下層深層の間に存在する階層ボスのような存在。
だが、以前の調査で同じ一七層に訪れた時は見当たらなかったと記されている。
『一番有力な発生条件がダンジョン内に入る人数が多くなった場合だ。大規模の調査は慎重に事を進めるべきだ』
「ダンジョン内に入る人数によって出現する魔物がいるのか? でも、調査団並の数が一気に一七層に入らないといけないなら、滅多に現れない魔物なんだろうな」
『アンダルタの強さは異常だった。経験豊富な冒険者がいなければ、全滅していてもおかしくなかっただろう』
「一七層で起こったことと同じことが、他の層でも起こるんだろうか?」
六層でブラッドウルフがいた状況は通常あり得ない。
レオンは研究者の日記に何かしら情報が乗っていないか調べた。特にブラッドウルフについての情報を探る。
『下層から深層に行くにつれて、ブラッドウルフが群れて暮らしていた。気づかれれば死だ』
「ブラッドウルフが群れて暮らしているって、どんな世界だ……」
『ブラッドウルフは人間の血に反応して近寄ってくる特性を持っている。調査団の多くが負傷し、血を多く流した時、その場にいなかった個体が地面から湧き上がってきたように見えた。奴らは階層を移動したと思われる』
「ブラッドウルフって階層を移動できるの? でも、これは下層から深層の内容だし」
レオンは六層の地図に落ちていた救助カードの状況を照らし合わせる。
ほとんどの救助カードは血だまりに浮いているような状態で発見した。
「罠が発動した痕跡は特になかった。魔物による被害か、人的な被害だ。救助カードがバラバラだった点を考えると誰かが冒険者を誘導して攻撃し、血を流させたとか?」
レオンは顎に手を当て、テーブルを指先でたたきながら、あふれ出る思考を口に出す。
「誰かがブラッドウルフを捕まえ、六層に連れてきたんじゃなくて、冒険者の血を使って呼び寄せたのかもしれない。って、僕は何を考えているんだ」
レオンはあまりに現実味のない仮説に苦笑しながら頭を振るう。
「そんなバカなこと、誰がするんだよ」
彼は自分に突っ込み、小さく笑った。日記帳を閉じ、ベッドに寝転がってさっさと眠る。
次の日、レオンは午前六時三〇分に目を覚ました。
パンツとシャツ姿から冒険者服を身に着けて食堂に行き、朝食を得てからヴィミと救助隊活動を始めるのが最近の流れだった。
彼の体に染みついた習慣は二年以上した覚えがない二度寝を拒む。ベッドの上で眼を閉じても眠れない。
夏が近づいているため、この時間帯でも陽光が東から差し込む。部屋を照明の数十倍の明るさで照らした。
左奥の角に置かれたベッドは東側の壁により半分が陰に隠れ、もう半分は日光に当る。
レオンはほんの少し陰になる部分に顔を納め、何もしない時間を過ごす。
――一日、何もしないで過ごしてみるか。それとも、バルディアギルドに行って、シグマさんに悩みを相談するか。
彼は一時間ベッドの上でダラダラしたが、耐えられなくなり冒険者服に着替えた。
「久しぶりにバルディアギルドに行ってみよう」
レオンは部屋から飛び出した。以前所属していたバルディアギルドに入る。
多くの冒険者たちが早朝の依頼を二日酔い気味の表情で受けていく。彼らの吐き出す酒臭い空気がギルド内を満たしていた。
救助隊ギルドの受付は病院内のような消毒用アルコール臭のため、冒険者ギルドは真逆の雰囲気だ。
――同じアルコールなのに、ここまで空気感が違うんだ。なんか、余計に懐かしい。
レオンはギルドマスターのキアズを探す。だが、見つからない。代わりに若くやる気に満ちた冒険者たちの姿が目に入った。
「なあ、今なら安全に一八層に行けるらしいけど、どうする?」
「俺は参加したいって思ってる。だって、こんな大型のレベル上げ研修は滅多にないぜ」
「そうだよな、あのドリミアさんが監修してくれているんだもんな。やらない手はないよな」
「Lv.2からLv.3になったら世界がもっと変わるだろ。大金を稼ぎまくって、酒飲み放題、女と遊び放題のパラダイスも夢じゃないぜっ」
「まあ、Lv.2でもダンジョンは楽じゃないからな。冒険者なら高レベルを目指すのが普通だよなっ」
冒険者たちの話に耳を傾けていたレオンは首をひねる。
――いったい、何の話をしているんだろう?
彼は受付嬢のもとに向かい、話しかけた。
「冒険者たちは何の話で盛り上がっているんですか?」
「ドリミアさんが主催するレベル上げ研修がLv.2の冒険者限定で、近々開催されるんです」
「なんで、Lv.2の冒険者限定なんですか?」
「近年、冒険者が増えた影響でLv.2に上がった者が多くいるんですよ。中層の案内や危険事項などを高レベルの冒険者が説明するにしても、Lv.2の冒険者数が非常に多いですから、一人一人に指導していると時間がかかります。一気にやってしまった方が効率がいいと考えたそうです」
受付嬢は礼儀正しくハキハキとした声で答える。
「一八層の安全地帯まで行って、地上に戻ってくる間、Lv.6のドリミアさんが直々に伝授するレベル上げの極意を身に着けられるそうですよ」
「へ、へぇ……、そんな研修があるんですね」
レオンは深層で活躍するドリミアとLv.2の強さをよく知っている。だが、日記帳に書かれていた一七層の内容が脳裏にちらつき、表情が引きつる。
――ドリミアさんがいれば、大丈夫だよね。それに参加する者が皆Lv.2なら、凄く強い冒険者たちだから何も心配いらないか。Lv.1の僕には関係がない話だな。




