哀れみ
「どんな魔物が相手でも固定ダメージを与えられるのは強いかも。弱い魔物相手だと使い勝手が悪いけど『力』の値が成長しにくい僕ならものすごく生かせそうだ」
今、レオンが冒険者だったなら、多くの者たちから賞賛の声を集めた。
ただ、この場は救助隊ギルド。
病院の受付のような清潔感に包まれている空間で、はしゃぐ大人はいない。
レオンもブラッドウルフと戦った話をインコのようにペラペラとしゃべらない。
女の子の手を借りて強敵を倒したと自慢したら、冒険者なら逆に笑いものにされる。
――僕が《スキル》をもらってよかったのかな。止めを刺したのは僕だけど、ヴィミの功績の方が大きいんじゃないか……。
レオンは息を小さく吐き、頬を叩く。壊れた大型のアントナイフの持ち手に触れた。それは確かに彼がブラッドウルフと戦った証だった。
――ヴィミが来るまでブラッドウルフを足止めできた。着実に強くなれている。死なずに、よく頑張ったよ。
レオンは〈ステイタス〉を確認した後、食堂でコーヒーを飲み、休憩した。一五分ほどたち、受付に呼ばれる。
「シャドウウルフの爪と牙を合わせて八〇個でルークス金貨四枚、シャドウウルフの魔石が八〇個でルークス銀板八枚。加えて救助カード四枚で特別単価ルークス銀板四枚」
キアズは両者の仕事ぶりを認め、真面目に素材を換金し、報酬を渡した。
ウルフィリアギルドだけではなく救助隊ギルド全体で見ても、レオンとヴィミは上位に食い込むほど稼いでいた。
やはり、速さがものをいう業界だ。
「レオン、焼き肉屋に早く行くわよ。もう、お腹がすきすぎて倒れちゃいそう」
ヴィミは娯楽施設に向かう子供のように琥珀色の瞳を輝かせ、両手を握り合わせながら声を張り上げる。
レオンはつべこべ言わず、ヴィミと共に行きつけの焼き肉屋に入った。
その後、王都で働く一般人の一ヶ月分の給料が彼女のお腹の中に消えていく状況を見せつけられる羽目になった。
「はぁー、お腹いっぱい。こんなに美味しい肉がお腹いっぱい食べられるなんて、人助けしてみるものねー」
東大通りにある行きつけの焼き肉屋の前で、ヴィミはぽっこりと膨れた腹を撫でながら笑う。
――ヴィミと一緒に生活したら食費がいくらかかるのかな……。
レオンは軽くなった財布をぎゅっと持ち、頭が重そうにうなだれる。
「レオン、ごちそうさまっ」
だが、満足そうなヴィミの笑顔を見て、姿勢が自然によくなった。
財布を持つ手が緩み、すぐにウェストポーチにしまう。
「僕は今から北大通りの包丁屋に行ってくる。武器の件を相談してくるよ」
「わかったわ。じゃあ、私はお風呂にでも行ってこようかな。さすがに疲れたから体を労わってあげないと」
ヴィミはしなやかな体を解すように腕を高く伸ばす。毛が一本も生えていない汗ばんだ脇を曝しており、非常に無防備だった。
レオンは彼女の女らしい部分から視線を逸らす。
「た、たまには良いんじゃない。ゆっくりしてきなよ」
彼は焼き肉屋の前でヴィミから逃げるように別れ、北大通りに向かった。
昼過ぎでも人気がない包丁屋に入る。
受付で暇そうに店番しているエルツの姿が見えた。
「エルツさん、こんにちは。その、言いにくいんですけど、大型のアントナイフを三本も駄目にしてしまいました。すみませんっ」
レオンは柄だけになっている大型のアントナイフを受付に置いた。壊れたガラス細工のように見る影もない。
その後、つむじを見せるように頭を深々と下げる。
「どういう使い方したら、アントナイフが一日で三本も駄目になるんだ。道具を丁寧に使わないやつだとは思っていなかったが、お前もそういう人間か。一応聞くが、アントナイフをどう扱ったんだ?」
エルツの鋭い眼光が、レオンに注がれる。
「ブラッドウルフの攻撃を防ぐために使いました」
「…………は?」
エルツは、鬼のような形相が真顔にかわった。
「武器の扱い方が未熟でした。本当にすみませんっ」
「ま、待て、なんでブラッドウルフと戦ってお前は生きているんだ?」
エルツは包丁職人といえど、飲みともの武器職人のドワーフから魔物の話は良く聞き齧っていた。
音速を超える速度で移動し、自らの血からシャドウウルフを生み出し、Lv.3以上の冒険者たちを蹂躙するやばい魔物の名前がブラッドウルフだった。
Lv.1、ましてや冒険者でもないレオンの口から出てきていい魔物の名前ではない。
エルツは破損したアントナイフを見つめる。
アントナイフは静かだった。まるで役目を完璧に終えた軍人のように、気持ちよさそうに眠っている。
それだけで彼はレオンから話を聞かずとも目を見開き、笑った。
「ブラッドウルフと戦い、逃げ延びたのか。足が相当速いんだな。まあ、ブラッドウルフと戦ったのなら、こうなっても仕方がないか」
高圧的な瞳から、災難に合った少年に向けるような哀れみが孕んだ瞳に変わる。




