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インフィヌート ~ダンジョンで倒れた冒険者を救う者の物語~  作者: コヨコヨ


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助け

「これじゃあ、エルツさんに怒られちゃうなあ……」


 四本中三本の大型のアントナイフが破損し、八本あった小型のアントナイフは一本が紛失、七本がブラッドウルフの体に突き刺さっている。

 武器はレオンが持っている大型のアントナイフ一本で最後だった。


 流れ出た黒い血から、下位種のシャドウウルフが現れ、連係攻撃までしてくる始末。

 シャドウウルフの攻撃ならまだしも、ブラッドウルフの攻撃を一度でも食らえば即死は間違いない。

 自傷して重傷を負い、救助カードに入った方が安全な可能性すらあった。


 ――ここで足止めをやめてしまえば、ヴィミの方に向かうかもしれない。


 レオンはアントナイフの刃を自分に向けなかった。

 全身から重たい汗がにじみ出し、極限状態が解け、集中力が急激に落ちている。

 まだ三分も戦っていない。


 ――ヴィミの足なら、地上に移動しているかもしれない。でも、以前のように出口に繋がる道が塞がれていたら、時間が掛かるはずだ。時間をまだ稼ぎたい。


 ブラッドウルフは猫が鼠の玩具で遊ぶときのように口角を持ち上げ、くつくつと笑っているように見える。


 ブラッドウルフの爪が掠った小盾は紙切れのように裂けて破損し、鉄くずに変わっていた。


 レオンは防御機能がなくなった小盾を左腕から外し、唯一の防御を捨てる。

 たった一本しか残っていないアントナイフを逆手で強く握りしめた。

 腰を落とした低姿勢で地面を蹴り、狂犬に狂犬で対抗する。

 前方から迫りくるシャドウウルフの急所を的確に攻撃し、三頭を三秒もかからずに屠った。


「ど、どこに行った」


 ブラッドウルフの巨大な体が一瞬の隙に見当たらなくなる。

 一瞬でも目を放せば、音を目で追えない。


 ――地上にいないということは。


 ふと、上を見る。

 姿をくらませていたブラッドウルフが天井を足場に使い、頭上から隕石の如く降り注いでいるところだった。


 隙を突かれたレオンはとっさに動けず、足が固まった。

 思考と体の動きが追い付かない。

 今、自傷しても救助カードに入る間に潰されて死ぬ。


 ――女の子を庇って逃がせたなら、夢に見た英雄像そのもので本望だ。まあ、童貞のまま死ぬのは少し心残りだけれど、下層の魔物と数分戦えるだけの力があると知れた。今なら、ヴィミともっと多くの人を助けられたかもしれない。


 レオンは瞳に涙がにじむ。

 最後の抵抗といわんばかりに、アントナイフを真上に突き出す拍子をはかった。


「【瞬歩】」


 ブラッドウルフが覆いかぶさってきた瞬間、レオンは気づかぬ間に敵の死角に移動した。

 隣に息の荒いヴィミの姿がある。地上に状況を知らせ、戻って来たにしては速すぎた。


「な、なんで、どうして……」

「仲間を見捨てていくなんて、出来なかった。ごめん」

「な、何で謝るの。ヴィミ、助けてくれてありがとう」


 レオンは泣きそうな顔のままヴィミに強く抱き着く。

 ヴィミは目を見開き、三白眼にしながら頬を赤らめる。


「武器がほとんどなくなってしまったから、攻撃に参加しづらい。援護も難しい」

「ロックアントの攻撃力とレオンの速度であの魔物に傷を負わせられたのなら、諦めるのは早いわよ」


 ヴィミは口角を上げ、一本の細いアントナイフをレオンに手渡した。

 レオンは所持武器が二本になった。だが、彼の表情に余裕は生まれない。


「私、戻ってきてよかった。選択は間違っていなかったわ」

「どういうこと?」


 レオンは首をかしげる。

 ヴィミは耳をへたらせ、間抜けな顔を浮かべる彼を見つめる。


「一緒に生きて帰れるってこと。レオン、私は今から奥の手を使う。その、えっと……、私に手を出したら殺すから」


 ヴィミは鋭い視線をレオンからブラッドウルフに向け、吐き捨てる。


「【獣化(ビーストモード)】」


 ヴィミが《レアスキル》の名前を呟く。彼女の雰囲気が機嫌の悪い猫から猛獣の虎に変わった。


 ブラッドウルフは彼女に睨まれ、黒い毛が逆立つ。口角を大きく上げ、鋭い牙をむき出しにした。


 ――え、えっと【獣化(ビーストモード)】は確か使用後に性欲が増す《レアスキル》……って、そっちはどうでも良くて。『力』と『俊敏』の値が一定期間二倍になるんだよな。

 前見せてくれた《アビリティ》の値から考えると『力』:A850『俊敏』:S910が二倍になるってことだ。つまり『力』:9S1700『俊敏』:10S1820になるってこと? な、なにそれ。《アビリティ》壊れていない?


 隣に立っていたヴィミの姿が煙のように薄まる。疾風が巻き起こった。

 轟音と共に、ブラッドウルフの巨体がいつの間にか壁に打ち付けられる。

 潰された腹部から花火が広がるように大量の血しぶきが舞う。

 巨大な口からも滝のように血を流した。だが、そのすべてがシャドウウルフに変わり、何百頭もヴィミに迫る。


「女の子一人に戦わせるわけにはいかない」


 レオンは疲労により、脚が百歳を過ぎた老師のように小刻みに震えた。


 ――今、ブラッドウルフの意識は確実にヴィミの方に向いている。僕の方は眼中にないだろう。だからこそ、出来ることもある。


 頬を強めに叩き、体に活を入れる。

 肺一杯に息を吸い、集中力を再度研ぎ澄ませていく。


 ヴィミは大量のシャドウウルフを一人で対処した。傷が治り切っていないブラッドウルフの攻撃までさばいている。

 獲物を横取りするのは冒険者にとって規則違反。

 だが、仲間同士ならば何ら問題ない。


 ――今、最重要なのはブラッドウルフの傷が完全に治りきる前に倒すこと。武器も少なく、ヴィミも奥の手を使っている。長期戦になればなるほど不利になる。僕はどうすればいい……。


 レオンは手に持っている二本の武器で、ブラッドウルフに致命傷を与える方法を考える。


「正面から突っ込んでいっても躱される。相手の不意を突かなければ攻撃は入らない……」


 走りながら辺りを見回す。一度、ブラッドウルフに意識を向けた。


 ブラッドウルフはヴィミばかり見ている。四方八方、視覚と聴覚で探っていた。


 その姿を観察した後、レオンは天井を見つめる。目を大きく見開き、ゆっくりと微笑んだ。


 ――これで行こう。


 今残っている体力を全て使い、壁に向って走る。

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