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インフィヌート ~ダンジョンで倒れた冒険者を救う者の物語~  作者: コヨコヨ


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切れ味

 エルツのもとを後にしたレオンはアントナイフの性能を試すために焼き肉臭い服を着替えてから『インフィヌート』の五層に足を運ぶ。


 今、五層の魔物と戦っても《アビリティ》は伸びない。だが、動きが遅い魔物が多いため、戦いに慣れる練習ならちょうどいい。


 日光浴中のカメのようにぼけーっとしているフロックバックの前にレオンは立った。

 真正面から戦うのは、シーフらしくない。


「英雄なら目の前に立つ……。一人だし、ちょっとくらいカッコつけてもいいよね」


 獲物を見つけたフロックバックは人間の体を軽々突き飛ばす舌の攻撃を吐き出した。


 レオンは右腰に掛けられたナイフホルスターから一本のアントナイフを平然と抜き取る。逆手に持ちながら刃を舌に滑らせた。


 ――このナイフ、凄く軽いな。


 そう思ったのもつかの間、放たれた舌が背後の岩壁に衝突。巨大なミミズのようにうねって地面に転がる。


「き、切れた……」


 ロックアントの顎から作れたアントナイフはダンジョン内を照らす光コケの明りを反射させ、銀色に輝いていた。

 持ち手は黒い革が巻かれており滑りにくくなっている。

 粘度を握った後のように引っ掛かりが付いている構造で、指に吸いつくように握りやすい。


 レオンは『器用』の値が高いため、大道芸人がよく見せるナイフ回しもお手のもの。

 左手でレッグホルスターから一本の細身のアントナイフを引き抜き、フロックバックの眉間に目掛けて強めに投げた。


 アントナイフの穂先は狙った位置に命中し、フロックバックは後方に倒れる。

 肉体は光の粒となり、フロックバックの魔石とアントナイフが地面に落ち、乾いた音が洞窟の中で反響する。


「た、倒せた……。や、やったあああああああああああああっ」


 レオンはその場で高く飛び跳ねた。

 すぐにアントナイフと魔石を回収する。

 柄にもなく叫んでしまい、周りの冒険者たちから距離を取られる。


「アントナイフがどれだけ魔石の効果を維持するのか試しておかないと」


 レオンはフロックバックの舌を跳ね飛ばしたアントナイフの切れ味が、どれほど続くのか調べる。

 見つけたフロックバックをかたっぱしから襲った。

 もう、食欲旺盛な蛇の如く、見つけては切り裂き、見つけては切り裂き、倒し続ける。


「ははっ、攻撃が真面に通るってこんなに気持ちがいいんだ。今なら、一人で六層に行けるんじゃないかなっ」


 初心者冒険者が真面に見えない速度で五層を駆けまわり、かまいたちのようにフロックバックを切り裂いていく。


 ――いや、これは僕の力じゃなくて、アントナイフのおかげだ。このまま六層に行くのは危険だ。


 一本目のアントナイフの切れ味が落ちてきたのは、フロックバックを二〇体ほど倒したころだった。

 急所以外を切りつけ、切れ味の変化を観察したところ一〇〇回ほど切りつけると魔石の効果が切れるようだった。


「大きなアントナイフが四本あるから、四〇〇回は攻撃できる。放っておけば切れ味が回復するわけじゃないし、むやみやたらに使っていると切れ味はすぐに落ちるな。急所を狙いながら使えば攻撃回数も減る。防御するときは小盾を使って、攻撃はアントナイフという具合に役割をわければ、さらに長持ちするぞ……」


 レオンはアントナイフを十分堪能した後、切れ味を戻してもらうためにエルツのもとに舞い戻った。


「一〇〇回くらいで切れ味が落ちました」

「包丁もそれだけ使えば研ぎ直しが必要だ」


 ロックアントの魔石は余っているため、エルツに研ぎ直してもらう。無料だった。


「俺の作ったナイフだ。俺が一番うまく研げるに決まっている。他の店に持って行ってゴミみたいな研ぎ方されたら俺の気が済まねえ。だから切れ味が落ちたら、必ず俺のところにもってこい」

「は、はいっ、わかりました」


 研ぎ直しが無料なのは、エルツの職人としての誇りが原因だった。


「僕、エルツさんにお金を全く払っていないのが申し訳なくて」

「面白い仕事を持って来ただけで充分だ。金なんて要らねえよ」


 ☆☆☆☆


 次の日、レオンは身にアントナイフを纏い、ヴィミの前に堂々と胸を張って現れる。

 戦える男になったんだぜ、といわんばかりのドヤ顔はヴィミの表情を曇らせるだけだった。


「そんなにナイフを身に着けても強くなれるわけじゃないわよ」

「わかっているよ。僕の状況に合わせて、ドワーフの包丁職人が作ってくれたんだ。凄く切れ味が良くて、僕でもフロックバックを倒せたんだよ」

「へぇー、それなら期待できそうね。レオンに無駄な気を使わなくて済みそうだわ」

「……ちょ、ちょっとは気を使ってもらえると嬉しいんだけれど」

「ぷっ、冗談よ。危なくなったら手を貸してあげるわ」


 朝からヴィミの笑顔は眩しかった。

 彼女の笑顔を見たレオンも自然に笑顔になる。

 合流した後、二人でキアズのもとに向かった。


「昨日に回収し損ねた救助カードはまだ六層にある可能性が高い」


 キアズはウルフィリアギルドの受付でレオンとヴィミに伝える。


 冒険者が救助カードを回収している可能性は薄まった。

 そのため、六層の偽宝部屋がよりいっそうあやしくなる。

 偽宝部屋は六層に一カ所しかなく、冒険者ならば誰でも知っている場所だ。

 六層に潜れる実力がある冒険者なら存在を知っている。普通なら誰も行かないため探していなかった。


「六層にいる魔物が、姿を現さなくなったらしい。なのに、救助カードの反応が増えている。何か嫌な予感がする。気を付けていけ」


 キアズは不可解な状況の中で、救助隊を向かわせるのは避けたかった。

 だが、ヴィミとレオンの足は六層で最も『俊敏』の値が高いシャドウウルフよりも早い。

 そのため、他の救助隊を向かわせるより安全と判断し、調査と救助カードの回収を依頼した。


「今回の依頼は非常に危険だ。通常から二倍の報酬を約束する」

「別に二倍にする必要ないのに」

「僕たちは今まで通り、人を助けてくるだけですから」


 ――エルツさんがお金はいらないと言った気持ち、何となくわかった気がする。僕も日ごろの活動を通して、この仕事に誇りを持てるようになったってことかな。またヴィミに少しでも近づけたかな。


 食堂でサンドイッチを食し、体に栄養を補給したら『落とし豚』に向って走る。

 東から昇る朝日に照らされている『落とし豚』は艶々と輝いていた。ガラスで作れた豚の貯金箱に見えなくもない。

 見方で雰囲気が変わってしまうのは、ダンジョンと同じだった。


 五層まで、何らいつも通り。ただ、六層に入ると一気に息苦しい雰囲気に変わる。

 よく見慣れた六層の入口付近に立っていると狼の群れに睨まれているような感覚に見舞われ、筋肉が強張る。

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