アントナイフ
レオンはキアズから貰った六層の地図の写しをウェストポーチから取り出した。
冒険者が足を運びそうな場所は全て探した。行き止まりに続く道も潰している。
実際、地図に乗っている道で調べていない箇所はない。
救助カードが落ちていた場所に印をつけていき、魔物に襲われた冒険者の行動を予測する。
行き止まりや細い通路など、七階層に続く入口と全く違う方向に印が付いていく。
冒険者が何を目的に行動していたのか謎だった。
「魔物から逃げていたと考えると合点は行く。でも……不自然な気がする」
レオンはバラバラに散らばっている一八個の印を、引き締まった顔立ちで見下ろした。
「そう? こういうこともあるでしょ」
「一八枚の救助カードは纏まりなく落ちていた。一人でダンジョンに潜る冒険者は少ない。四人から五人が普通だ。なのに、一枚ずつしか落ちていないっておかしいでしょ?」
「確かに。冒険者パーティーなら、一人だけ救助カードを持っている可能性も低いわよね。冒険者パーティーは、仲間が入った救助カードを回収するのはよくあることなのに各所、一枚しか残っていない。確かに不自然ね」
――多くの魔物に仲間が襲われ、手に追えず逃げた冒険者が多いということだろうか。大量の魔物に襲われたならもっと纏まった場所に多くの救助カードが落ちている方が自然だ。なのに、落ちていない。逃げていたとしても、あからさまな行き止まりに逃げ込んだりするかな?
「六層の中に偽宝部屋がなかった? 冒険者の時に、入らないようにっていわれていた気がするんだけど」
「あるけど、六層の偽宝部屋は有名だから冒険者が、罠だと知っていて入らないでしょ」
「でも、まだ、調べていない場所って、そこくらいじゃない?」
「そうだね……」
両者は今日の仕事の反省会を終え、焼き肉屋を出る。
「じゃあ、ヴィミ、僕は北大通りに行ってくる。また明日、頑張ろう」
「う、うん……。その、今日は色々とありがとう。助かった」
ヴィミはレオンの顔を一瞬だけ見て、すぐに視線を逸らす。
整備された石畳に視線を向けながら、鳥そぼろくらいぼそぼそと呟いた。
「僕はヴィミの仲間だから、助けるのは当たり前でしょ。というか今日のは助けに入らないよ」
レオンは無垢な笑顔のままヴィミに手を振って、北大通りに向かう。
その背中に、熱い視線が注がれていると気づく余地もない。
☆☆☆☆
レオンは北大通りにあるエルツの店に駆け込んだ。
店の中に客はいない。
「エルツさん、こんにちは。ナイフの件、どうなっていますか?」
レオンの声は展示されている包丁が纏っているひんやりとした空気で満ちた空間に響く。
エルツの姿は店中になかった。
受付に歩いていくと作業中と書かれた木板が置かれているのを見つける。
レオンは彼の作業が終わるまで待つ。
だが、二時間近く経ってもエルツどころか客も来ない。
「店の場所が悪いのかな。それとも店主に人気がないのかな? エルツさん、顔が怖いからな」
「悪人面で悪かったな」
首筋をナイフでなぞられたような怖気が、全身に広がる。
レオンは咄嗟に振り返り、疲労感が漂うエルツの顔を見た。
「い、いえ、僕は悪人面なんて思っていませんよ。怖いのは本当ですけど」
「正直なのはいいことだが、生きていくには正直すぎるのも考えものだ」
エルツは黒い革で作られた四つのナイフホルスターを受付の上に置いた。
大型のナイフと小型のナイフで分けられており、大型のナイフが四本、小型のナイフが八本もある。
レオンはナイフの多さを見て、目を丸くし、口が空いてふさがらない。
――い、一本だけじゃないの?
「大きい方が、手で持って使うナイフ。小さい方は、主に投げて使うナイフだ。『器用』の値が高いなら、使い勝手もいいだろう」
「あ、ありがとうございます……」
腰と太ももに着けるナイフホルスターが二つずつ。
レオンは様々なハサミを巧に使う美容師のように、体にナイフを纏った。
これで戦闘職ではないのだから、カッコつけにも程がある。
「ロックアントの顎ナイフだと、長いからアントナイフとでも呼ぶか。ロックアントの魔石で研磨したからあいつらの魔力がナイフに纏わりついている。実質、能力値も同じだ」
「す、すごい」
「『力』と『耐久』の《アビリティ》はA800近くある。武器というより、魔道具に近い。使い続ければ研磨の効力がなくなり、普通のナイフになる。研磨し直してほしければ、持ってくるといい」
「これがドワーフの技術ですか……」
「元はそうだな。魔物の魔石で剣を研磨すると武器の能力値が一定期間上昇するってことくらい、今は人間の鍛冶師も知っている」
「へぇ……、でも、冒険者は知らない人が多いと思います。僕も知らなかったですし」
「『力』の値が高い者は利用する必要がない。新人に使わせても、実力が伴っていない者が使うと慢心しやすい。あまり使われなくなった技術だ」
「僕なら使いこなせると?」
「ずいぶん苦労しているようだったからな。自分の実力くらい理解しているだろう。なら、使わない手はない」
目の前にいるエルツが田舎のお爺ちゃんのような、優しさで溢れていた。
レオンは近づいて抱き着かずにいられなかった。
「ちょ、止めろ、焼き肉臭いっ」
「す、すみません」
すぐに離れたレオンは背筋を伸ばし、姿勢を正した。
「これがあれば、僕も少しは仲間の役にたてます。本当に、ありがとうございました。お礼は必ずします」
泣きそうな顔をエルツに向け、頭を深々と下げる。




