ストレス対策
今、ロックアントの顎を買おうとするとルークス銀板二枚の値がついていた。素材一つの値段で鉄製の包丁が何十本も作れる金額だった。
素材の名前を口にしたエルツは顔をしわくちゃにしながら左右に振るう。
「レオンがルークス銀板二枚払えるって言うなら、手間賃なしで作ってやっても……」
「ロックアントの顎なら、ありますよ?」
レオンは余っていたロックアントの顎が入っている麻袋をエルツの前に、躊躇なく出した。
エルツは差し出された袋口を開く。同時、酒瓶を踏んだようにひっくり返る。
すぐに起き上がり、もう一度、袋の中身を覗く。
レオンと袋の中身を見回し続け、口が開いて塞がらない。
「レオンは魔物を倒せないはずなのに、なぜロックアントの素材を持っている。まさか、足の速さを利用して強盗を」
「強盗はしてません。えっと……、今日は色々ありまして」
「色々あって、なぜ、これがぽんっと出てくるんだ。魔物が倒せないんじゃなかったのかっ」
エルツはところどころ潰れた受付台を殴る。そして、また一つ凹みが増えた。
レオンは彼にロックアントを倒した方法を伝える。
エルツは開いた口が一向にふさがらない。だが、この場に素材があるのだから、信じざるを得なかった。
「ま、まあいい。素材があるに越したことはない。これだけドロップアイテムがあるなら、ロックアントの魔石も持っているんだろう?」
レオンは言われた通り、ロックアントの魔石もエルツに差し出した。
ウルフィリアギルドに渡した量と同じだ。
両方合わせルークス金貨八枚近くの価値はある。
素材を大量に市場に流すと値崩れするため、少しずつ売った方が儲かるとドリミアから教わっていた。
別の日に売るため、手元に残しておいた品だった。
「底が知れない男だな、まったく……」
エルツはロックアントの顎と魔石を摘まみ、見回す。
「本業じゃねえ仕事を受けるのは、職人として褒められたことじゃない。だから、趣味程度に一度作ってやる。趣味だからって手を抜く気は一切ない。明日、また来るんだな」
「あ、ありがとうございます。えっと、お金は……」
「趣味だって言っただろ。家具職人が剣の研磨で金を取れねえのと同じだ」
――か、カッコいい。
レオンは両手を強く握りしめ、引き締まった顔のまま何も言わず、ただ頭を下げた。
その後、店を出た。
浮足立ちながらウルフィリアギルドに戻る。
「〈ステイタス〉の確認だけしておかないと」
レオンはウルフィリアギルドの受付に設置されている魔道具に手を乗せた。
〈ステイタス〉
《アビリティ》
Lv.1
力:I68→I93 耐久:I43→I68 器用:B785→SS1005 俊敏:S965→SSS1185 魔力:I18→I40
「は?」
思わず、変な声が出たレオンは、浮かび上がっている《アビリティ》の値をしっかりと見る。『器用』と『俊敏』の成長が凄まじかった。『力』、『耐久』、『魔力』の値は相変わらず低いが、多少成長している。
人を救助カードで助けた影響がもろに出ていた。
「こ、これじゃあ、もっと強い魔物と戦わないと成長できない……」
レベルが一上がるとアビリティの値は全てI10に戻る。
レベルを上げるのが目的ならば極論、全てD500でも問題ない。
極端な数値になればなるほど、レベルがあげづらくなってしまうため、レオンは頭を抱えた。
「……し、仕方がない。状況を受け止めよう」
レオンは深呼吸して、いったん落ち着く。
ここで諦めてしまったら、レベルは一生上がらない。
「もともと長い道のりだとわかっていたんだ、気にしたら駄目だ」
お湯を買い、桶を部屋に持って行く。濡らした布で体を拭き、魔物に襲われないようにするため煙臭い服も洗濯した。
窓の奥、外壁に備え付けられた物干しざおに洗濯物を干す。
夏が近づいている暖かい夜の風が、ほど良く湿った肌から熱を奪う。
西大通りから迷い込んだ冒険者たちの酔っぱらった声が聞こえてくる。視線を落とすと肩を組みながら笑顔の冒険者たちが東大通りを闊歩していた。
レオンは冒険者人生を謳歌している者たちを見て、しわが入るほど内着を強く握りしめ、窓をすぐに閉める。
新しい下着と内着を身に着けた状態でベッドに寝転がり、さっさと眠った。
憂鬱な気分は眠って忘れてしまうのがレオンのストレス対策だった。




