仲間意識
レオンとヴィミは、焼き肉屋から『落とし豚』に向って走る。
ダンジョンで危険な目にあっても、やはりまたダンジョンに潜る。
――僕はやっぱり、ダンジョンの底知れない魅力に狂わされているのだろうな。
レオンは『インフィヌート』の五層で遭遇したフロックバックを前に左腕に装着した小盾を向けて構える。
小盾は直径三〇センチから四〇センチ程度の大きさしかない。
そのため、フロックバックの舌がどこに飛んでくるか即座に判断しなければ攻撃を防げない。
フロックバックの口が、がま口財布のように開かれる。
瞬きの間に目の前にピンク色の綺麗な肉が迫ってくる。
レオンは「焼いて食べたら鶏肉のような味がしそうだ」と考えると同時、左腕を動かす。
『俊敏』の値が高い影響で動体視力が増しており、頭部が狙われていると瞬時に判断できた。
加えて『器用』の値も高いため、小盾の扱いも上手かった。その結果、フロックバックの攻撃を完璧に防ぐ。
ただ、上部を突いたドミノのように体勢が崩れる。軽い身のこなしでバックステップを踏んだ。冷静に距離を取る。体勢を立て直した。
長時間座っていた時と同じ痺れが左腕にとどまる。
――受け流さないだけで、ダメージの大きさがここまで違うのか。
レオンは改めて『耐久』の値の低さを自覚した。そんな中、舌の攻撃が連続で飛んでくる。
腕の骨に響く衝撃は、足の小指を箪笥や扉の入口の角にぶつけた時と同様に長時間、痛みを伴った。
歯を食いしばり、腹に力を入れて『耐久』の値を上げるために攻撃を耐え続ける。
「な、なんか、フロックバックがいつも以上に攻撃的になってる気がする……」
「そりゃあ、今、レオンの体から焼肉の美味しいにおいがするから魔物たちも興奮しているんじゃない?」
「そ、そう言うことは、もっと早く言ってほしかった」
レオンの周りにフロックバックが次々に集まってくる光景は花にミツバチが寄ってくる様子と酷似していた。
今回、複数の魔物と戦うのは、想定していない。
今の彼が多方向から攻撃を受ければ、致命傷になりかねなかった。そのため、ヴィミが拳や蹴りで個体数を減らしていく。
そのおかげでレオンは目の前の個体に集中できた。
攻撃を防ぎ続け、これ以上攻撃を受ければ骨が折れると判断し、頃合いを見計らって自ら攻撃を加える。
その後、罠で倒して経験値を積めた。
「やっと一体倒した」
「驚くぐらい効率が悪いレベル上げをしているのね」
「仕方ないでしょ、僕の攻撃じゃ魔物が倒せないんだから」
「力がないならもっと、威力が出る武器を使えばいいのに」
「威力が出る武器……」
レオンは使っていたナイフに視線を向ける。
――確かに、武器が『力』の値を補完してくれたら、魔物にダメージを与えられるようになる可能性はある。
罠で倒すのは、ヴィミのいう通り時間がかかった。加えて安全性を考慮するなら、武器でダメージが与えられた方がいい。
「ちょっと検討してみるよ。貴重な意見をありがとう」
「レオンに早く強くなってもらわないと、私のレベル上げが全然できないから言っているの。どんくさいやつのためにちんたらちんたら待ってあげる筋合いはないわ」
ヴィミみは腕を組み、胸を張る。
Lv.2の彼女が五層の魔物と戦っても《アビリティ》の上昇は少ない。
「でも、まあ……、な、仲間を助けるのも、仲間の役目だから、待ってあげなくもないわ」
ヴィミは、頬を軽く赤らめながら視線を反らす。
レオンは目を見開き、口角が自然に上がっていく。ベルトをきつく締め、小盾を装備している左腕に力を入れる。
強くなるために弱音は吐いていられない。今できるレベル上げを、今まで以上に真剣に取り組んだ。
五層でレベル上げをこなしていると、ヴィミの腹から生まれたばかりの猛獣のような唸り声が鳴った。
レオンとヴィミはレベル上げをお開きにして、地上に戻る。
外はすでに夕暮れを迎えていた。夕日が伸びて西大通りを真っ赤に染めている。
王城はいつも以上に凛々しく輝いており、東大通りに長い影を伸ばしていた。
後ろを見れば『落とし豚』も丸焼きされたのかと思うほどこんがりと赤くなっており、美味しそうな見た目になっている。
ただ、ダンジョンが殺した人の血で染まっているようにも見える。その堂々たる佇まいは狂気と神秘が入り混じっていた。
「ヴィミ、僕はまだお腹が空いていないからここで解散にしよう。僕は北大通りに行ってくる」
「そう、わかったわ。じゃあ、明日の朝、ウルフィリアギルドの食堂で」
ヴィミは右手をヒラヒラと振った。レオンに尻を向け、東大通りに歩いていく。
レオンはヴィミの大人っぽい余裕のある姿を見て呆けた。
彼も男故、彼女の引き締まっている括れた腰つきや子供を沢山産めそうな安産型の臀部に嫌でも目が吸い寄せられる。
ヴィミは宝石箱のように整った容姿、気疲れしない接しやすい性格、仕事への誠実さ、仲間を大切に思える広い心を持ち合わせていた。
彼女ほど魅力にあふれた女性は中々いない。
――もっと強くなって、男らしくなれたら、ヴィミは僕をカッコいいと思ってくれるだろうか。そうしたら仕事に関係なく一緒にお酒を飲んだり、街中でデートしたり、キスとかできるのかな……、って、な、なにを考えているんだ。
下心は仲間の信用を落とすとわかっている。レオンは頭を振るい、卑猥な考えは捨てた。
仕事に私情は持ち込んではならない。今は彼女の仲間として、一人の男として期待に応える必要があった。
「絶対に強くなるんだ……」
レオンの黒い瞳は夕日に背を向けているにも拘らず、燃えていた。
レオンは北大通りに到着し、冒険者御用達の武器屋を巡った。
冒険者の時は前に出て、仲間を危険にさらすくらいなら戦わない方が効率的だった。そのため、攻撃用の武器も必要なかった。
だが、レベルを上げるには魔物を倒せなければ話にならない。『力』の値が低くても魔物に攻撃が通る武器を探していく。




