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雉白書屋短編集  作者: 雉白書屋


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親友            :約1500文字 :スリラー

「私が人を殺したら、一緒に逃げてくれる……?」


 帰り道、前を歩いていた杏が振り返り、笑顔でそう言った。その微笑みはどこか掴みどころがなくて、まるで風に吹き消されそうな儚さがあった。そうなる前に、私は思わず目を逸らしてしまった。

 ほんの数秒のあと、おそるおそる視線を戻すと、杏は前を向いて歩き出していた。

 私はなんて返事をしたか、しなかったか、わからない。以前、杏が言った『私たち、親友だよね』という言葉が頭の中で反響していたからだ。

 親友――今その言葉を思うと、脳に直接焼印を押されたような感覚になる。

 誰が見ても、私たちは仲がいい。部活は違うけど、こうして毎日一緒に下校している。どちらかが相手に合わせて同じ部活に入るわけでもない。他の誰かと話してるときは、割って入ったりしない。その絶妙の距離感が、親友らしいと思える。


 大きな家の庭から張り出した枝を煩わしそうに避けながら歩く。ツギハギだらけのアスファルト、空の犬小屋、枯れた植木鉢。見慣れた帰り道なのに、今日は何かが違う。何を話せばいいのか、言葉が出てこない。沈黙が怖い。


 誰を殺すの? 理由は? それとも、もう誰かを殺したの? 私を試しているの? 親には話したの? 話せないの? もしかして親を殺したの? 虐待?


 問いは次々に浮かぶけれど、杏の背中が遠い。まるでこの距離が心の距離そのものみたい――なんて安っぽい表現。でも否定できない。

 考えてみると、私は杏のことを深くは知らない。親友とはいえ、お互いの領域に深く踏み込むことは避けてきたのだ。親しき仲にも礼儀あり。これまでずっとそうだった。

 あっ――。ふと、道端の柵に小さなクマのぬいぐるみが括りつけられているのが目に入った。誰かが落し物を拾いやすいように置いたのだろう。まるで磔にされているみたい。いつもの杏なら『かわいい!』って笑って指をさすところだけど、今日は一瞥しただけで通り過ぎた。やっぱりどこか変だ。

 ああ、もうすぐ別れ道。言葉が見つからないまま辿り着いてしまった。杏が「バイバイ」と手を振る。


『さよなら』『バイバイ』『じゃあね』


 別れの挨拶はいつも寂しい。時には突き放すようにさえ思える。別れだから、当然なのかもしれないけど。

 私は「またね」と手を振り返す。

 そうだよ、「またね」。これでよかったんだ。心の中で一つの決意が固まった。


 家に帰ると、身支度を整えて再び外に出た。

 急いだつもりだったのに、気づけば外はもう夜だった。

 走ると暑い。夏がすぐそこまで来ているのを感じる。久しぶりに袖を通した半袖シャツは、防虫剤の匂いがした。

 息苦しいのに爽快だった。

 親友のためなら何でもできる。私はそう確信していた。


 ――あはははは!


 杏の家に着くと、窓から楽しげな声が漏れてきた。

 家族で夕食を囲んでいるのだろうか。

 まだ殺してなかったんだね。

 あとで私も杏と一緒に食べよう。

 網戸を開けて入ろうか、インターホンを押すか。悩んだけど、インターホンを押した。


「え、どうしたの……?」


 ドアを開けた杏は驚いた顔をしていた。

 私の腕に視線を移し、小さくもう一度「どうしたの……」と呟く。

 ああ、そうだね。今まで見せたことなかったね。ダルメシアンみたいで面白いでしょう?

 それで、どうしたのかって?

 さっき杏は投げかけてきた問いを、そのまま返すよ。あの声、あの微笑みを思い浮かべながら……。


 私が人を殺したら、一緒に逃げてくれる?


 ……あれ? 変。変だ。脳内で再生された声は、杏のものじゃなく、私の声だった。

 なんで……? だって、さっき杏は……。

 ああ、杏が何も言わない私を見つめている。お母さんも来た。


 ――杏? どうしたのー? あら、お友達?

 ――あ、うん。まあ……。

 ――あら、昔うちに遊びに来たことがあった子ね。

 ――うん。帰り道、よく一緒になるの。


 二人が見てる。「どうしたの?」って。ほら、何か言わなきゃ。変な子だって思われる。


 顔が熱い。頭が熱い。脳みそが焼けているのかも。

 何か言葉を、言葉、言葉、言葉言葉言葉……。



「私たち、親友だよね」

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