金の卵 :約2000文字
あるところに一人の男がいた。男は家の近くで畑を営み、野菜や花を育てて生計を立てていた。そこそこの収入だが、決して贅沢できるほどではない。むしろ、ふと将来のことを考えると不安に襲われることがあった。
ゆえにいつか人生を一発逆転させたいと考えていたが、実際に何か新しいことを始めるには知識もアイデアも足りない。自分はもっとできるはずだ、と思いながらも、結局は鬱屈した想いを抱えたまま、毎日せっせと働いているのだった。
そんなある日、一人の旅人が「水を一杯もらえないか?」と男を訪ねてきた。
旅人は大きな木の籠を背負い、右肩に鳥を、左肩には紐で繋がれた美しい蝶をとまらせていた。
男は井戸の水を振る舞ったあと、肩の蝶を見ながら旅人に訊ねた。
「いやあ、美しい蝶だな。こんな色と模様は見たことがない。どこか遠くの蝶か、それとも新種か?」
「まあ、そんなところだ。大変珍しい蝶でね。おそらく、私以外には誰も持っていないだろうなあ」
「それはすごい。いやあ、本当に美しい。虫が農家の敵だってことも忘れて見とれてしまうよ」
「そうだろう。でも、この蝶はただ美しいだけじゃないんだ」
「と言うと?」
男が首を傾げると、旅人はわざとらしく声を小さくして答えた。
「この蝶はね……金の卵を産むんだ」
男は思わず笑った。「おいおい、さすがにそれは冗談だろう?」
「いや、本当さ。試してみせよう。ちょっとそこに咲いている花の蜜をもらうよ」
旅人は蝶をそっと花の上に乗せた。蝶は蜜を吸い、少しすると小さな金色の卵を産んだ。
「なんてことだ! 本当に金の卵を産むなんて……」
男は目を輝かせながら蝶を見つめた。すると、旅人が言った。
「そうだろう。どうだ、この蝶を譲ってやろうか? 水を飲ませてもらったお礼に、特別に安くしておくよ」
「ええ!? いいのか!?」
男は千載一遇のチャンスだと喜び、二つ返事で蝶を買った。そして家に戻ると、さっそく育てていた花の蜜を吸わせてみた。蝶は先ほどと同じように花の蜜を吸い終わると、金の卵を産み、男は大喜びした。しかし、すぐに浮かない顔をした。
……小さい。
蝶の体の大きさを考えれば当然だが、その卵は米粒にも満たないほどのサイズだった。塵も積もれば山となるというが、この調子では気が遠くなりそうだった。それに、蝶はお腹がいっぱいなのか、花を近づけてもそれ以上蜜を吸おうとしない。
男は冷静さを失い、こんなものを買ってしまった自分を責めた。だが、ふと名案が浮かぶ。
この卵を孵化させ、蝶を増やせばいい。
旅人の話では、卵に水をかければ孵化するという。
男は早速実行した。すると、小さな幼虫が生まれた。それを見て男は大喜びし、さらに蝶に卵を産ませ、水をかけ、幼虫の数をどんどん増やしていった。
蝶が増えれば金の卵も増える。その考え自体は間違っていない。幼虫も順調に成長している。
だが、問題はすぐに訪れた。幼虫たちは十分な大きさになっても、蛹になる気配がない。それどころか、食べる量はどんどん増し、用意した葉っぱをあっという間に食い尽くし、ついに飼育箱から抜け出して、男の畑の作物まで食べ始めたのだった。
男は慌てて農薬や殺虫剤を吹きかけたが、幼虫は平然と作物をむしゃむしゃ食べ続けた。金の卵を産む蝶の幼虫だけあって、異様に頑丈だった。地面に何度叩きつけても、まるで傷一つ負わない。
おしまいだ……と、男が途方に暮れていると、あの旅人が再び現れた。
「どうやらお困りのようだね」
「ああ……。欲張って蝶の数を増やそうとしたのが間違いだった。この蝶はあんたに返すから、あの幼虫たちを何とかしてくれ!」
男が懇願すると、旅人は笑みを浮かべて頷き、肩にとまらせていた鳥を放ち、背負っていた籠を地面に置いた。
鳥は次々と幼虫を捕まえ、籠の中に入れていく。そうして、十分も経たないうちに畑の幼虫たちはすべて捕えられた。
「さあ、片付いたよ。これでいいね?」
「あ、ああ……。それは構わないが、その幼虫をどうするんだ? いつまで経っても蛹にならないみたいだが」
「ああ、こいつらは大きくなっても蛹にはならないんだ。ただ、この鳥に食べさせると……」
旅人が幼虫を鳥に与えると、鳥は金の卵を産んだ。
男は呆然とした。もしかすると、旅人は最初からうちの畑を幼虫の餌場として利用するつもりだったのではないか……と。
旅人は男に、「この鳥を買わないか」と持ちかけたが、男は到底買う気にはなれなかった。




