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第20話 偶然の悪夢

 アオザホース邸から少し離れたブル厩舎。日が傾いてきた十七の刻、フェリックスは放牧を終え屋根の下に収まったブルたちを見て回っていた。



 幼い頃から父に教えられ、受け継いできた習慣。

 彼もそれは例外ではない。



 曾祖父の頃から治癒魔法を取り入れ、完成したアオザホース流医療術。



 それをより良いものにする為選ばれた妻は、魔法の才こそ優れていたが同時に病弱だった。



 クリスティナを産んでからその虚弱な体質は酷く現れるようになり、彼が取引先にいる最中でクリスティナの腕の中で息を引き取ったという。



 クリスティナは妻に似て牧場を愛し、自ら作業員と共に進んでブルの世話をした。



 経済学もどんどん身につけ、牧場を経営するのに必要な知識は揃っている。



 だが肝心の治癒魔法だけは全く出来なかった。

 それもマナ医学の観点からすれば、彼女は妻を失った時のショックで魔法が使えなくなったというではないか。



 ただでさえ、この牧場を彼女に背負わせるのだ。

 クリスティナには、何一つ不自由などして欲しくない。



 愛する者を失い、大商人の名を背負い……地位も得たが辛いことも少なくなかったのが事実だ。



「ブルを大切にして、奴らの知識も情熱もある……でもそれだけじゃ足りなかったから、ひいじいさんは魔法を編んだんだよ」



 フェリックスが一頭のブルを撫でながら呟く。

 本当は娘にぶつけてしまいたい一言だ。



 だが出来なかった。

 心無い"用済みだ"という言葉しか吐けなかった。



 クリスティナの情熱を知っていればこそ、彼女の才能……罹ってしまった極化回路(のろい)の所為にして彼女を否定できなかったから。



 幸いなのはあの印章士だった。

 あの雷は毒属性を織り交ぜた物だとロザリアは言った。



 こんなに嬉しいことはない。

 荒事にも慣れて身体も健常、毒属性がキモになるアオザホース流医療術にとっても彼がアオザホースに来てくれれば完璧である。



 増してロザリアはその正統な医療術を身につけていた。



 恐らく彼女には才能があるということなのだろう。

 しかし同時にクリスティナを尊敬し慕っている。



 彼女が言い出せなかったのもそれが原因だというのはフェリックスにすら容易に想像がつく。



 それならばクリスティナを自由にして、ロザリアを当主に据えた方がいいだろう。

 それでクリスティナが家を出る選択肢も取れるならそれでいい。



 あの印章士には申し訳ないことをしてしまうから、せめて当主の夫としての地位を渡したい。



 ロザリアは孤児を引き取った形であるとはいえ、フェリックスとしては養子に迎え娘同然に育ててきた。



 今回の一件でフェリックスに愛想を尽かしそうではあるが、自分の立場が悪くなるだけなど最早彼にとってはどうでも良かった。



 一人考え事を巡らせながらブルの様子を見る。



 見事な治癒だった。

 ロザリアにはクリスティナをサポートしてもらいたいと、クリスティナと一緒に魔法や格闘術の手解きをしたが……よもやこれ程とはフェリックスも思っていなかった。



「これだけの治癒魔法……これが────」



「自分の娘にも使えたら?」



「!!?」



 静寂を切り裂いたその声に言葉を続けられ、フェリックスはその声の方向を素早く振り向いた。



 そこには薄汚れたローブを纏った少女が居た。



 フードは目深に被られ、その中から少女のものにはあまりにも妖艶で色気のある唇を覗かせている。



「誰だキミは!? どうやってこの厩舎に忍び込んだ!?」



「どうやってって……今時ただ鍵かけただけの建物じゃあ誰だって入れるわよ。

 魔法使い(こういうもの)ならね」



 少女が左手首をフェリックスに見せると、そこには宝石でできたブレスレットがあった。



「っ、印章士か……!

 何が目的だ!!」



「あなたに興味は無いわ。あるのはあなたの娘さんのこと」



「何?」



「だからその子には、引き金になっててらおうかなって」



 その言葉でフェリックスの警戒度が上がる。



 フェリックスはネクタイピンに触れるとそのまま地面を踏み締めた。



 マナがフェリックスの周囲を駆け、彼が徐に掴んだ藁がみるみる内に鋼性の剣へと姿を変える。



「あら、アオザホース流ってお医者さんじゃ無いの?」



「それだけで済んだらどれほど楽だろうか。

 現にキミのような危ない人がいるからこそ必要なんだがね」

 


 アオザホース流医療術。

 それは毒属性を以って身体の不調を察知し、それを毒魔法により消し去る魔法。



 そして、毒属性のマナを注入して相手を鈍らせるものでもある。



 フェリックスは魔法で作り出した剣を正面に構え、警戒を強めた────筈だった。



 瞬きの刹那、少女の影が消える。



 気がつけば、背後を取られていた。



「今戦う気はないのよ? むしろ".戦わせたい気分"なの」



 少女はそう呟き、妖しく口元を歪ませた。

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