第21話 "渦巻く暴君"ブル=タイクーン
「まさか、クリスティナまで"極化回路"だったなんて」
案内された客室で意を決し打ち明けたクリスティナに対し、セツナはそう軽く返した。
「まで、ってどういうことですか?」
「僕もそうだよ。ついでにアラタもね」
「えっ!?」
クリスティナは信じられないといった風で俺たちのほうを二度見した。
まあそうだよなあ。俺だって決して長い時間この症状と付き合ってきたわけでは無いけれど、同じ人間を見たのがセツナが初めてだったわけで。
「まあ信じてもらうのに色々方法はあるが、大事なのはそこじゃあない。
クリスティナ、俺はまさにこの“極化回路”についての情報を集めるために印章士としてカンメラまで旅してきたんだ。
そして、治す方法を探してる」
「そう、だったのですね」
クリスティナは俯きそう答える。
気にすることなどないとそう思って欲しくて出た言葉だったが、彼女の声のトーンは未だ低く弱々しいままだ。
正直、自分でもこれからどうなるんだろうという感情が巡っているところじゃないだろうか。
「……なんだよ! そんなにクヨクヨしちゃって、ギルドで見せたあのキラキラ笑顔はどうしたんだよお嬢様!!」
「!?」
感情を爆発させたのは、セツナだった。
「この牧場好きなんでしょ?! ブルが二人の勝負に乱入しそうな時、真っ先に声を上げていたし、お世話だってなんなら他の作業員より手際が良かった!」
「それは……わたくしがここの娘だからで────」
「いいや違うねッ! “娘だから“って親の仕事がなんでもできるわけじゃあない、それに魔法の腕だって悪いとは思えない。
好きじゃなきゃ、なりたいと思わなきゃあんな風にはできないよ!」
「────!!」
「一生懸命なの、分かるよ。
きっと顔に出るタイプでしょ?」
ふっとセツナが微笑む。
そうか、セツナも似ているんだ。
親父の背中を追って、仕事に誇りを持って努力して、それでも悲しいことがあって。
セツナはきっと自分を重ねて、だからこそへこたれてほしくないのだろう。
俺がセツナにそう願ったように。
「────ッすみません、お嬢様!!
私が、私が悪いのです!!!」
堰を切ったように頽れてロザリアが叫ぶ。
「お嬢様に黙っていました。
私は、お嬢様が努力して医療術を身につけようとしているのを知っていた……だから自分も使えたらいいだろうと研究をしてしまった……私はお嬢様を裏切っていたのです、騙していたのです!!!!!」
「そんなことないわ! それは私が医療術をまだ身につけられていない所為で──」
みんながみんな自分が悪いだの、落ち込むなだのと叫ぶ。
やれやれ、結局みんな底なしに優しいんじゃないか。
優しくて、相手を尊敬してる。
それなら────
「落ち着けよ三人とも」
「「「落ち着いていられる(ます)かっっ!!」」」
「わ、わかってるって! 俺が言いたいのは、やっぱりこの話は破談にしちまおうぜってこと!!」
その言葉に場が静まる。
「言いづらくてすまなかったが、俺はクリスティナの親父さんに極化回路のことを言ってない。
俺が玉の輿めがけて来たはいいが蓋を開けたらお互い極化回路だった、そんなお嬢様お断りだ……って筋書きでどうだ!」
「貴様ァ! お断りとはなんたる言い草だッッ!!」
「いやそこ怒るなよ!? 筋書きっつったろ!
やっぱり、急に決めるのは早計だよ。クリスティナは克服しようと頑張ってるんだろ? なら俺たちは同志だ。
俺たちは頑張って極化回路の治療法を見つける。
二人はここで極化回路の克服を頑張る。
これでいいだろってことさ」
「でも、それでは貴方の立場が」
「立場なんて知るかよ。
最初に契約したろ? バレたら全部言って謝ろうって。
半分破談みたいなもんだ、ここは真っ直ぐ勝負しようぜ」
「……すみません、こんなことになって。
そしてセツナさん……ありがとう。怒ってくれて、嬉しいです」
「ぼ、僕は別に! 仕事仲間が居なくならないだけ儲けもんだから別にいいよ!」
そっぽを向きながらセツナが返す。
そう、これでいい筈だ。
元々彼女は結婚をまだしたくないと言っていた。それはきっとこういうことなのだろう。
頑張って克服して、自分がこの牧場を継いで見せたい。
魔法で全てを決めるのではなく……そう彼女は思っている筈。
なら、応援してやるべきだと思う。
「さて! 泊めてもらって挙句飯までもらって悪いとこだが、上手いこと避ける作戦でも立てようぜ!」
「……はい!」
うん、話は纏まったな。
あとはあの御当主さんがどれだけ強情かどうかだが────────
ゴォン!!!!
「「「「!!!?」」」」
爆音。しかも屋敷から少し離れた程度の位置。
俺とロザリアはすぐに目線を合わせる。
「ブルって夕方暴れ出したりすんのか?」
「いや、そんな音ではない。
ブルが暴れた程度ではこんな騒ぎは────」
これは異常事態だ。
そうアイコンタクトが成立する。
俺たちは顔を見合わせると、その音のした方角へと飛び出した。
〇〇〇
「!! お父様ッッ!!」
初めに叫んだのはクリスティナだった。
厩舎が一部が破壊され瓦礫の山になっていた。
そしてその瓦礫に下半身を沈めたフェリックスが倒れていたのだ。
「御当主!!」
「お父様! どうしたんですか!?」
ロザリアとクリスティナがフェリックスに駆け寄り声をかける。
わずかに彼の頭が動いた。どうやら意識はあるようだ。
「アラタ、これって……」
「あぁ、作為的だな。でも心当たりは全く────」
瓦礫のあたりを見渡す。他のブルも柵の中で忙しなく動いていて騒がしい。
ふと、倒れかけた木の壁が目に止まる。
縦真っ二つに割られ突き破られたように斜めになったそれは、折れた表面が捩れていた。
一瞬、今朝のトグロゴコウが頭をよぎる。
あれはこっちまでは来ない筈、じゃなきゃこんなところで牧場なんか作らない。
下に……何かいる……?
足に感覚を集中する。だが今朝のような揺れはない。
何だ……何の仕業だ……?
斜めになった日差し、瓦礫が照らされて作られる影。
その影に、僅かな違和感。
直後、フェリックスの声が微かに漏れる。
「クリスティナ、気をつけろ……奴は、飛──────」
「──!! 上かッッ!!?」
素早く鍵を抜く。躊躇する暇はない。
一本抜いた雷槍。
身体を急反転して、狙うは後方斜め上。
大豪邸の屋根の上、俺たちを見透かして狙いを定めるならそこだ!
乱暴に投げた槍はアオザホース邸の向こうに消える。
しかし、その上にいた"何か"大きく跳ねた。
そして、目の前に着地する。
その姿は、ブルだった。
ただし大きさはその3倍以上。
高さ4,5メートルといった図体のブルに捩れて伸びる2本の剛角。
「この子は────────」
クリスティナが怯えた声で呟く。
目の前の獣は、明らかな殺意を持って主人達を睨んでいた。




