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第18話 なによりも

 僕はマギビークルにクリスティナを乗せて、一緒にブルの厩舎に来ていた。



 彼女はさっき従者のロザリアが治したブルを含めて、毛繕いや餌やり等の作業をしている。



 僕も手伝わせてくれと言ったけれど、やっぱり商売だから自分の手でやらないと申し訳ないんだとか。



 だけど代わりに他の作業員から"お嬢様を見ていて欲しい"と頼まれてしまった



 まぁ、僕とアラタの依頼から考えればそれは理に適っているだろう。



 それに、お嬢様が直々に作業してたんでは他の雇われ人も多分気が気じゃないだろうしなぁ……。



「すみませんセツナさん、付き添ってもらって。

 あと少しですから、そうしたら夕食を振る舞いますね」



「あぁいや、気にしないで。僕は依頼でここにきてるんだしさ。

 それよりクリスティナいいの? さっきのは────」



「いいのです」



 僕の問いに彼女はキッパリと言い放った。



 クリスティナは餌を食べるブルの前脚付け根辺りを撫でた。



 さっきロザリアが見事な治癒魔法で治してみせた箇所。



 覗いた彼女の横顔が一瞬だけ曇ったように見える。



 クリスティナはブルの僅かな息遣いや仕草でも容体が把握できたり、その世話の様子もすごく丁寧だったりするみたいだ。



 だからこそ分かるんだろう。



 アレだけ濃い毒属性の魔法を浴びた魔獣がすっかり元気になっていることを。それも痛いほど。



「で、でもさ。お父さんにあんな言い方されて、辛くないの?

 僕らの前でまであーいう風に……」



「"使える物は全て使え。使い熟す覚悟と努力を持って"」



「?」



「アオザホースの家訓です。より良い物の為に努力を怠らぬという信念……それはわたくしも必要だと思っています。

 であるならば。ローザを正統な後継者にしてわたくしはその補助をしましょう。そこに異論はないのです」



「クリスティナ……」



「わたくしが、それ以上に辛いのは。

 ローザがわたくしに医療術を使えることを黙っていたことなのです。

 知らぬ内にわたくしは、きっと、彼女を傷付けていた……」



 声が震えている。

 さっきまでブルの話をしていた彼女の笑顔からは想像もできなかった。



 目の前に居るのは世間知らずな名家のお嬢様じゃなくって、家の仕事を継いで頑張りたいと思う一人の職人だった。

 そして、家族を大切に思う優しい少女だったのだ。



「……ねぇ、一つ聞きたいことがあるんだけど」



「……なんでしょう?」



「どうして、クリスティナは治癒魔法が継げないの?

 キミの性格からして、そんな簡単に諦めるようには思えない」



「っ────」



「それに、キミのお父さんも僕やアラタに娘のことを悪く言うだなんて……そんな風にも思えないんだよ。

 本当に、なんとなくでしかないけれど」



 クリスティナの目が泳ぐ。

 やがて力が抜けたようにゆっくりと立ち上がって、僕に告げた。



「父がそういうのも仕方ありません。

 わたくしは、母が死んでから────────」




〇〇〇




「──────毒属性が使えねぇだと?」



 そうだ、と小さく弱々しげに答えながら、ロザリアは俺を客人用の寝泊まり部屋に案内した。



 うーん、さすがこのお屋敷広いな。

 俺とセツナは一部屋ずつ、カンメラのギルド横の宿屋の5倍はあるような部屋を貸し与えられていた。



 セツナのやつはクリスティナに付き添いで行っているから、俺は2人分の荷物を部屋まで運んできたという状況である。



「従者さんよ、クリスティナのそれは────」



「ロザリアでいい。お嬢様の事は名で呼ぶ癖に律儀ぶるな」



「……さいですか」



「ふん……貴様はその口ぶりだと知っているのだろうが、お嬢様は"極化回路(ポラライズ)"を患っているのだ」



「極化回路……そんな偶然が」



「偶然だと?」



「俺もなんだよ。この際言っちまうけど」



「なっ……そう、なのか……」



 少しロザリアの声が上擦り、すぐに息を整える。



 極化回路はそれほど印章士として悪い印象を与える症状だ。



 魔法がただ使えないだけじゃあない。"昔魔法で事故をやりました"と言っているようなものなんだから。



「お嬢様は、奥様を救えなかった事を後悔なさっている。

 目の前で容体が急変した際、ただ治癒魔法がうまくこなせなかっただけなのに」



「おいおい、"だけ"って、他所者の前でそんな言い方するもんじゃ────」



「それだけだとも!」



 彼女は声を荒げる。

 2人住むにしたって無駄に広いであろう客室の白壁が、ロザリアの悲痛な声をやけに響かせた。



「もう奥様は長くなかった……魔法でどうにかなる程度のご病気ではなかったのだ!

 それをお嬢様は! ずっと悔いているんだ……何よりお嬢様の重圧を案じていた奥様は、お嬢様の前で息を引き取られた」



「……そいつは……」



「だがお嬢様の牧場を思う気持ちは世界一大きい! 私などでは比べられぬほどにだ!

 だからお嬢様に継いで欲しい────なのに御当主は私に継げと言った!!

 よりにもよって、お嬢様の目の前でッッッ!!!!」



「わ、分かってるって聞いてたから。

 ちょっと落ち着けよ、声が響くぜ」



「……すまない」



 ロザリアは急にしゅんときて項垂れる。



 やはり彼女は、クリスティナを尊敬して信じているのだ。



 そりゃ急に連れられて毒使いの魔法使いは何となく目の敵にしなくもないよなぁ。



 それはそれとして、またも極化回路を持つ奴に出くわすとは。



 ヒューガナツに来たのは当たりだったのか、それとも運は悪い方なのか────



「アラタ・ミアズマ、と言ったのだったな」



「んぁ? な、なんですか改まって」



「頼みがあるのだ。御当主の言った通り私と婚姻を結んで欲しい」



「はぁ!?」



 いや、さっきまであんだけ敵視していたのに急にそれを言うのか!?



 たしかにフェリックスは言った。

 ブルを見事に治癒して見せたロザリアを見て、あろうことか娘の前で言い放ったのだ。




"気苦労をかけてすまなかった。これからはアオザホースの若き後継者として、皆を導いてくれ。

 そしてアラタさん、ウチのロザリアと、是非結婚していただけませんか"




 といった感じにである。



 正直クリスティナの立場など無いに等しかった。



 普通そんなに蔑ろにしないもんだが、よっぽど仲が悪いのだろうか。



「おいおい、無茶言うなよ。

 そもそもこの際だから言うがな、あんたのお嬢様は今回の条件じゃあ結婚はしたくないから俺にうまくやってくれと頼んできたんだぜ?」



「それは何となく分かっていた」



「さ、さいですか……」



「大事なのはそこではない。

 私が操り人形として当主を買って出れば事は丸く収まるはずだ。

 お嬢様こそ正統な後継者だと私も信じているが、それは私が力を得てから変えればいいこと。


 それより大事なのは、貴様の毒属性の魔法技術と、極化回路への知識。それがあるのなら、お嬢様を本当の後継者にする為に協力して欲しいのだ」



「す、すごいぶっちゃけるな」



「もう私はお嬢様と絶交したも同然だ! この際知ったことか!

 頼む、何でもする。私の全てをやる、もとより拾われただけの身だ、そんなものでよければ身体だって魔法の技術だって何だって差し出す!」



 それはいくらなんでも無茶苦茶言っている。



 ただ、彼女の目は本気だった。



 さっきまで、俺にあんなに敵意をむき出しにしていたことを棚に上げて。



 だが、彼女の決意はそんな程度のことを気にするものではなかった。



「だから頼む!

 私はお嬢様の為なら、何だってすると決めたのだ!!」



 彼女は地に這いつくばり、頭を下げた。



 他所者で、自分の主人と結婚したいなどと言い出している馬の骨。



 今回の事故だって、俺が依頼に応じてここまで来たから起きてしまったような物。



 それでも、それでも。



 彼女は自分の言葉を全部手のひら返して、図々しさすらも棚に上げて。



 ロザリアは俺に、全力で言い放ったのだった。

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