7 運命
目を覚ました愛菜は周りを見渡した。
そこは寮の自室だった。
「えっと……日にちは……」
スマホを取り出し、日時を確認した。
9月14日 6時46分。西暦を確認すると、愛菜たちが一年生の年だった。
「すごい! 本当に戻ってきた!」
何からすればいいのかわからなかった。急いで朝食を済ませ、大学へ急いだ。
研究室に行くと泊まり込んでいた翔悟がいた。
「翔ちゃん! 聞いて! 私異世界に行ってきたの!」
翔悟はガタッと立ち上がった。
「ほんとか!?」
「うん! いろんなところ周って戻ってきた!」
「まじかよ! 詳しく聞かせてくれ!」
「うん! まずね……」
愛菜は事の経緯を翔悟に説明した。トラックとぶつかった事、女神に会ったこと、そこからいろんな世界を回ったこと、神に会ったこと……
翔悟はメモを取りながら熱心に聞いた。
「つまりお前は別の地球から来た愛菜ってことか?」
「そー! たぶん、そんな感じ!」
「なるほど……」
地球がいっぱいあって、愛菜が死ぬ以前の地球に、別の地球で死んだ後の愛菜が転生してきた、とすればつじつまは合う。
翔悟は図で簡単に流れをまとめた。
「これは大発見だな! 池内にも知らせよう!」
翔悟は携帯を取り出して高広に電話をかけた。
「もしもし、池内か!? 聞いてくれ! 愛菜が異世界に行ってきたらしいんだ! ああ、今戻ってきたらしい。すぐきてくれ!」
興奮のあまり早口で喋る翔悟。高広に返答の余地もなく電話を切った。
「池ちゃんなんか言ってた?」
「すぐ行くってさ」
ーーーーーーーーーー
高広は本当にすぐに来た。
「おい、愛菜! 聞いたぞ! 異世界に行ったんだって!?」
「うん! さっき戻ってきたところなの!」
「その話詳しく聞かせろよ!」
愛菜は高広にも同じように説明した。高広は目を輝かせてその話を聞いた。
「ん? 世界がいっぱいあって、地球が他にもあって、お前は愛菜だけど別の愛菜で……あーもうわけわかんなくなってきたー!」
頭を抱える高広。想像以上の広大さに頭がパンクしてしまった。
「別の時間軸みたいなもんか?」
「そんな感じだな」
翔悟はさっき書いた図を見せながら肯定した。
「ってことはよぉ、この時間軸の愛菜と別の愛菜は融合したってことでいいのか?」
「うーん? どーなんだろ? 起きた時には寮のベッドの上だったからそーねるのかな?」
「待てよ……!」
翔悟は何かに気づいたかのように紙に目を落とした。
「なあ、愛菜。元いた地球で事故があったのって何月何日だ?」
「えっと……確か9月14日だったかな……?」
「それって、今日じゃないか……?」
「それがどうしたんだよ、翔悟?」
翔悟は時間軸という言葉ではこの世界が説明できないことを理解していた。愛菜から神の話を聞く限り、神は自由に世界を創れるが、その神は変化を嫌ってあまり世界の流れを変えようとはしないらしい。
「愛菜……お前今日……」
だが、彼には自信がなかった。間接的に話を聞いただけであったし、なにより経験が足りていなかった。憶測の発言で愛菜を不安に陥れることだけはしたくなかった。
「いや、やっぱりなんでもない」
「なんだよー、なんか思いついたのかと思ったー」
「勘違いだったよ」
その後も三人は授業に出ずに愛菜の行った異世界についての話について語り合った。
昼になり、高広と愛菜が昼食を買いに行った。
その間、翔悟は衝突事故の際の外傷について調べた。この外傷と同じショックが与えられれば異世界に行けるかもしれないと仮定したのだ。
そして、それを物理シミュレータを使って再現した。シミュレータの中で人型のオブジェクトが撥ねられる。デジタル映像とはいえ、心がフワッとした。もしこれが身内に起こったら……。
これを愛菜の前では気の毒だから見せられないな、と思った。
昼食後も異世界談義は続いた。
ーーーーー
あっという間に外が暗くなり始めた。
「やべっ、俺もうすぐバイトの時間だわ」
スマホの時計を見た高広は慌てて立ち上がった。
「あ、じゃあ、私もそろそろ帰ろっかな。翔ちゃんも帰るでしょ?」
「いや、色々試したいことがーー」
翔悟は思い返した。まだその可能性が消えたわけではないということを。
「いや、やっぱり一緒に帰るよ」
「悪ぃ、俺急ぐから先行くわ。バスがギリギリなんだ。二人ともまた明日な!」
「じゃあねー、池ちゃん! 続きはまた明日ね!」
「おう!」
高広は急いで出て行った。
「私たちも帰ろっか」
「そうだな」
翔悟は愛菜を返していいのかどうか迷っていた。
「なあ、愛菜今日ここに泊まりこみしてかないか……?」
「ん? なんで?」
「……いや、ごめん、やっぱりなんでもない」
「なんで?」という問いに答えることはできなかった。もっと話が聞きたいと言えば、高広がいないから明日でもいいと言われる。もっと言えば、強引に女子と二人で泊まり込みなんて強要できない。しかし、正直に理由を話すわけにもいかなかった。
「帰ろう」
「うん!」
「後ろ向いて歩いたりすんなよ」
「わかってるよー!」
何かあっても俺が守る、そう決意して研究室を後にした。
道中はいつもとなんら変わらなかった。たわいもないことを話し、今後の予定を話し、愛菜の功績はノーベル賞ものなのではないかと冗談を言い合ったりした。
そしていつもの交差点に着く。
いつものように信号の手前で止まった。
「やっぱり寮まで送るよ」
「いや、大丈夫だって! さすがに信号無視したりしないから!」
「なら……いいけど……」
矢印式信号機が赤と右折を指す。
「じゃあ、愛菜、気をつけろよ」
「うん! 翔ちゃ……」
キキィィィィッッッッッッ!!!!
大きなブレーキ音と共に大きなクラクションと衝突音が鳴った。
右折しようとした乗用車と信号ギリギリで直進しようとしたトラックが衝突しそうになったのだ。
「きゃあっっ!!!!」
そのまま乗用車を避けようとしたトラックが歩道に突っ込んできた。
「愛菜ぁっ!」
翔悟はその瞬間をスローモーションのように感じた。
どこかでわかっていた。彼女の運命を。この世界の流れを。半信半疑だった。こんなに世界が偶然の連続で作られているはずがないと思っていた。
どこかでそんなはずがないと思っていた。思いたかった。転生しても死ぬ宿命だという可能性を信じたくなかった。
彼の頭になにかがよぎった。どこかで見た瞬間だった。デジャブなのかあるいは妄想なのか。
彼は一瞬のうちに様々な葛藤をした。
ーー走れば間に合う。
--この一歩を踏み出せば。
--でも怖い。
--下手したら俺まで……
--でも愛菜が!
ーーそうだ、俺が守るって決めたんだ!
ーーそんな運命、変えてやる!
彼は愛菜をかばうようにして抱きしめた。
ガシャンッという激しい衝突音と共に、トラックはコントロールを失い、転倒した。
ーー9月24日、藍上大学近くの交差点で交通事故。
トラックの運転手は意識不明の重体、乗用車の運転手は軽傷。
ーーそして、死者2名。




