6 安定
「やあ、石須愛菜さん。はじめましてだね」
周りに何もない、女神すらいないその世界で、愛菜はたしかに声を聞いた。
「どうも、神様です」
「おー、神様、はじめましてー」
対面しているわけではないのに軽くお辞儀をしてしまう愛菜。
「どうだい? 異世界生活は?」
「んー、辛いこともいっぱいあるけど、今は楽しいよ! 見たこともない世界がいっぱいでさ! でも……」
「でも、なんだい?」
「でも、誰ともこの楽しさを共有できないのは寂しい。池ちゃんや翔ちゃんにも体験させてあげたかったなー」
「会いたいかい?」
そう優しく語りかける神。
「うん! 話したいことがいっぱいあるんだ!」
「よし、その願いを聞き入れよう。次の君の転生地は地球に決定だ」
「ほんと!?」
バンザイをして喜ぶ愛菜。
さまざまな転生地へ行く度に、これを高広や翔悟に見せてあげたいと、どこか心に引っかかっていた。
「久しぶりにみんなに会える……!」
「ああ。でもその代わり言っておかなければならないことがある。今回呼び出したのはその件なんだけどね……」
神は言うのを少しためらったが、覚悟を決めて話した。
「あと2回の転生で君の転生生活は一旦区切りを迎える。今回願いを聞くのはそのご褒美と言ってもいい」
「え、そーなの!? なんか長かったような短かったような……」
「君にとってはそうかもしれないね。驚くのも無理はない」
「…じゃ、じゃあもうそれ以上転生できないってこと?」
愛菜は恐る恐る聞いた。
「うーん、そうだね。もう異世界に行くことはできなくなるかも」
「私……消えちゃうの……?」
その質問に神はどう答えるか迷った。曖昧な返答しかできなかったのだ。
「そんなことはないよ。石須愛菜という存在は消えるけど、君は消えないよ」
「どういうこと?」
「……いや、今は知らない方がいい。せっかくの里帰りを楽しめなくなってしまう」
神のその口ぶりに、愛菜は反応せざるを得なかった。
「そんなに……悲しい結果になるの……?」
「いや、そんなことはないはずさ。こればかりは神である僕にもわからない。君と、君のお友達次第かな」
あとは次の人次第……という言葉を神は飲み込んだ。
「それと、もう一つ忠告しておきたいことがある」
「……なに?」
「僕はこれまで"安定"を求めて、自然の流れに身を任せるような世界を創ってきた。あまり僕は干渉しないようにしてきた。逆に言えば運命を簡単に変えることができないようにしてしまったということなんだけどね。それを間違った選択だとは思っていない」
神は言葉を選びながら話す。彼女に不安を持たせないために。彼女が地球へ持って行くべきものは期待だけであるべきだから。
「だからこそ……命を大切にしてほしい。僕は君に申し訳なかったと思っている。けど、これが決まりなんだ。どんな形であれ君を救いたいとは思っている。君には残された時間を大切にしてほしい」
神は最後に、言われなくてもわかってるか、と付け足した。
愛菜にはその言葉の真意がわかってはいなかった。ただ、地球での時間を大切にすべきだということはわかった。
「うん、わかったよ神様。とにかくまたみんなと会えるのを楽しみにすることにするよ!」
もともと一つしかなかった命。この命を何十何百回、いやそれよりもっと多くしてもらってきたのだ。愛菜にとっては、最初に戻るだけ。命が限られているという、当たり前の状態に戻るだけだった。
「それじゃあ君を地球に送るよ。元気でね」
「うん、神様も元気でね!」
光が愛菜の周りを包む。その光はだんだんと強さを増し、やがて彼女と共に消えた。
そして神は考える。
「これでよかったんだよな……」
この役についた者はみんなそのようなことを口にする。自分の手の上には無限の命と、無限の世界と、無限の可能性がある。神ですら、あるいはそんな神だからこそ、悩み、迷い、憂いつづけるのだ。
「これで僕もお役御免かな。あとは次の人に任せよう」
引き継がれて行く世界、新たに生み出される世界、消えて行く世界、その数は誰にも計り知ることはできないのだ。たとえ神であったとしても。




