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Final "現実"の世界2

 いつのまにか寝てしまっていた。時計を確認すると、午後2時を指していた。

 スリープモードのになっていたPCを立ち上げ、データが消えてしまっていないか確認した。眠気のせいかところどころ意味不明な文章が並んでいるが、中身は無事だった。

 途中保存をして、背伸びをしたらおなかが鳴った。


「そういや何もたべてなかったからなぁ」


 棚の中から買い置きのカップラーメンを出した。今回はシーフード味。

 ポットに水を入れてスイッチを入れた。お湯はあっという間にすぐに沸く。お湯を入れて待つこと2分、食べ始めようとして、箸が止まった。


「いただきます。俺は異世界なんて……」


 カップラーメンを前にして何気なく出てくる習慣。そんな懐かしいルーティーンも、今となってはなんてことないものになってしまった。異世界に行ってからはこの詠唱はしていなかった。異世界というものが俺の中で当たり前になってしまっていたからだ。ふたを開けてみれば、異世界なんて以前の俺が思っているようなものではなかったし。だいたいなんなんだよ、この詠唱。そんな身も蓋もない自虐に走ってしまう。


「いや、俺は異世界に行った。異世界はある。俺だけが知っている」


 なんて無意味な独り言を言ってからラーメンをすすった。久しぶりに食べるカップラーメンは格別においしかった。汁まで飲み干し、あっという間に完食してしまった。


 



 そのままレポートの続きにとりかかろうとした時、ドアが勢いよくバタンと開けられ、一人の女の子が入ってきた。サークルメンバーの石須愛菜(いしすあいな)だ。


「翔ちゃん! 教授から聞いたよ! ついに異世界に行ったんだって!?」


「ああ、行ってきた。昨日戻ってきたところだ」


「すごーい! ねえ、どんなだった? どんなだった?」


 愛菜はツインテールを揺らしながらぴょんぴょん飛び跳ねている。帰ってきた時の俺以上にはしゃいでいて、なんだかこっちまで元気になってきた。


「てかお前…信じてくれるのか」


「あたりまえじゃん! 翔ちゃんは妄想はしても嘘はつかないし!」


「お前……」


 その言葉と、屈託のない笑顔が俺の心にしみていく。俺だって嘘くらいつく。愛菜にだって嘘をついたことくらいある。でも今は、自分を信じてくれることが心の底から嬉しかった。そうだ、こいつらはいつだって俺を信じてくれていた。俺のばかげた話にいつもついてきたくれた。

 自分の頬に涙がつたうのを感じた。あれ……なんで泣くんだろう。悲しいことなんてないはずなのに。涙を流すなんていつ以来だろう。いつも悲しむ暇もなく次の世界へ送られてきた。


「ちょっ!? 翔ちゃん、何で泣いてるのっ!?」


「いや……誰も信じてくれないとおもってたからさ……」


 自分だけしか知らない非科学的な話を信じてくれる人なんていないと思っていた。また俺一人になるのかと思っていた。孤独になると思っていた。

 でも俺は一人なんかじゃなかった。俺の居場所はちゃんとあった。一人いるだけでこんなに安心感が得られるなんて。

 

「私だけじゃないよ! 池ちゃんも教授もほかのみんなもきっと信じてくれるって!」


「そうだといいな……」


「もー! 元気ないなー! いつもみたいに異世界の話聞かせてよー!」


「ああ、長くなるぞ?」


「よーし、それなら池ちゃんも呼ぼう!」


 愛菜は携帯を取り出して、電話をかけ始めた。




「もしもし、池ちゃん? 聞いて聞いて! ついに翔ちゃんが異世界に行ってきたらしいの! すぐ来て!」


 池内が返答する間も無く電話を切った。本当に自由奔放なやつだ。


「池内なんて言ってた?」


「わかんないけど、すぐ来ると思うよ!」


 池内は昨日から異世研の勧誘をしてくれていたのに、突然の緊急招集。あいつの体力は大丈夫だろうか。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 池内は本当にすぐに来た。しかもその入り方は愛菜

と同じものだった。


「おい、聞いたぞ! 翔悟! 異世界に行ったってまじか!?」


「ああ、マジだ」


「くぅー! ついに来たか! いやー昨日変な電話があったと思ったら、異世界から帰還したからかー! もっと早くそー言ってくれよ!」


「お前も……信じてくれるのか」


「当たり前だろ? お前が冗談で言うはずがない!」


「……ありがとう、池内」


「な、なんだよ急に。それより早く聞かせてくれよ、異世界の話!」


「ああ」


 やはりら持つべきものは友だ。こいつらといると妙に温かさを感じる。


「よーし! 今日は翔ちゃんの異世界帰還記念パーティだ!」


「「おう!」」



 愛菜は棚から買い置きのお菓子とジュースを取ってきた。池内はコーラ、俺と愛菜はオレンジジュースを持って乾杯した。


「んで、翔ちゃん! 異世界はどうだったの!?」


「そうだな、まず何から話すべきか……」



 ーー俺はアイと会ったところから順を追って異世界転生した経緯を説明した。


 

 途中で疑問を持った池内が口をはさんだ。


「え、俺アイって子と会ったことあったっけ? それに俺、異世研をやめた覚えなんてねーぞ?」


「あー、それは別の地球のお前がってことでだな……」


「あー! もうわけわかんなくなってきたー!」


 頭を抱える池内。俺はカップラーメンのカップを使って世界の構造を説明した。俺も最初は意味がわからなかった。俺が別の世界にもいて、違った運命をたどっていると言われてすぐに理解できる方が珍しいだろう。


「なあ、別の世界に俺がいるってのはなんとなくわかったけどさ、何で向こうの俺は異世研をやめたんだ?」


「えっと、たしか俺とお前がけんかしたからだった……はず」


「けんか? 俺とお前が? そりゃまたなんでさ?」


「えっと……」


 なんでだっけ…。大事な理由なはずなのに思い出せない…。そもそも喧嘩をしたかどうかすら怪しい…。記憶があやふやになっているこの感覚、また神による記憶の改変なのか? 異世界を体験してきた記憶はすべて残っている。夢なんかではなく本物だ。

 曖昧なのはそれ以前の記憶だ。俺の現実世界での記憶が、風化してしまった少年時代の思い出のように不鮮明で不分明になってしまっている。何か大事な一ピースが抜けてしまっていた……、あるいはそのピースが埋められたのか……?



「ねーねー、翔ちゃん! 私は? 私は活躍しなかったの?」


 喧嘩の理由が、俺が言い出しにくいことだと思ったのか、愛菜が話題を変えようとした。


「ん、あーそうだな。あの日はお前に会わなかったな」


「えー、頑張れよー、向こうの私ー。歴史的瞬間に関わらないなんて損だなー」


 嘘でも少しくらいかかわったことにしとくべきだったか。



「なあ翔悟! それでやっぱり女神様は美しかったのかよ?」


「美しい…とはいえないがいいやつだぞ。どっちかというとかわいい系」


「でも、お前の女を見る目は当てにならないからなー」


「じゃあ聞くなよ」


 三人で笑い合う、懐かしいこの感じ。


ーーそれから俺らは夜まで語り明かした。






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