サイテンから才能をもらったヨっ♪
「サイテン、話があるんだけど。少し、いいかな」
ボクはリビングでオレンジページを読んでいるサイテンに声をかけた。今は午後五時。平日で、本来はいるはずのないサイテンだけれど、ここ何日間、随分早い帰宅が続いている。代わりに夕飯を作ってくれたり、いろいろと手伝ってくれている。たぶん、ボクを気遣ってのことなんだと思う。ごめんね、サイテン。
「あ、はい……」
一方で、サイテンは落ち着かないみたい。ボクの姿を見て、意味もなくページをめくったり、閉じたりして。忙しなく動いていた。けれども何度か深呼吸をして、「どうぞ」と、顔を上げた。オレンジページが閉じられ、ゆっくりと、サイテンの手元に置かれた。手が震えているようで、それが見えてしまい、なんだか申し訳ないという気持ちと同時に、可愛いなぁ、という場違いな気持ちが浮き上がった。
ボクは、オレンジ色のマグカップを手に取った。
「その前に。温かいもの、なにか飲む?」
サイテンの白いマグカップと一緒に。「ボクは紅茶を飲むけど」と付け足すと、サイテンは「では、同じものを」と加えてくれた。ボクは、あのファミリーレストランで飲んだものと同じメーカーの、レモンティーを選択した。ティーパックのバージョンで、まず白いマグカップの中に落とした後、オレンジのマグカップに落とした。差し出したレモンティーからは湯気が漂っている。ちょっと熱いかもしれないけれど、ゆっくりとお話したいから、そのくらいがちょうどいいんだと思う。ボクもイスに腰掛けた。両手で包む紅茶が、冷えた手を温めてくれる。
「そうだね。なにから話したらいいのか、迷うんだけど……」
「そのっ! 無理は、されなくていいんですよ……?」
「ううん。そんなことはないんだよ。ただね、少し」
「少し?」
サイテンが不安げな表情してる。
本当、いつもごめんね、サイテン。
それから……。
「いつもありがとう」
そう、いつでも。
見守ってくれていた。
一旦ダムが決壊すると、次々と言葉が溢れてきた。
「そばにいてくれて、ありがとう。すごく助かったよ。いろんなお話をしたね。いろんなフォローもしてくれたね。きちんと、正面から見てくれていたね。一緒にいて、面白かった」
「面白かった? で、では……」
「うん。契約を、解除しようと思うんだ」
サイテンが、天井を見上げた。ためた息を、ゆっくりと、震わせながら打ち上げた。
ボクはその様子を見つめていた。
「そうですか……」
目を閉じて、それからもう一度深呼吸をして。「わかりました」と、ボクの目に合わせて、きちんと返事をしてくれた。
「ごめんね」
「いえ……」
「でもね。ちゃぁんと、最初に説明するべきだと思うよ。クーリングオフできますよって」
「……そうですねぇ。すみません。全く……、そのとおりです」
「これからどうするの?」
「……そうですねぇ。会社に戻って、上に報告して。解除の手続きでもしますよ。やらなければいけないこともありますし」
「そっか」
お互いに、レモンティーには口をつけていなかった。湯気が昇り、リビングを、優しい香りで包んでいるだけだった。サイテンが匂いフェチと言っていたのはいつだったっけ。たぶん、ドリンクバーを頼んだときだったと思う。あのときは、温かいまま口に運びながら、和気藹々とお話をしていたような気がする。
「ちゃぁんと、手続きするんだよ?」
「言われなくてもやりますよ」
「そっか」
少しすねちゃったかな?
あんな声、初めて聞いたよ。
「それなら。ボクは、二つの才能を同時に失うわけだね」
「えっ……」
「最近さ。よく夢で見るんだよ、昔のこと。つらいとき、誰かがずっとそばにいてくれて。励ましてくれて、一緒に笑顔を作っていった。そんな記憶。わからなかった。誰なのか、わからなかったよ。でもね、思い出しちゃった」
「それって……」
「うん。いつもありがとう、サイテン。ずっと見てくれてたんだね」
そうなんだ。そういうことなんだ。ボクは今、ワンピースにレギンスだ。そういうことなんだ。一度開き直ればわかること。だって、自分の身体なんだからね。……確かに胸は控えめだけどさ。いいや、あえて言おう。ちょっとばかり控えめなだけだと。だいたい、あのときだって、胸を揉まれたしね。下半身だって見られたし。まぁ、そうだね。長いこと時間がかかったよ。でもさ、自分自身と向き合ってしまえば、簡単なことだった。いろんなことが、簡単だったよ。
サイテンが真っ赤っか。あうあうと、声にならない言葉を発してる。なんていうか、そういう意外なところ、可愛いねー。
「それで、いつ、帰ってくるの?」
「えっ? で、でも」
「もう。サイテンの居場所は、ここでしょ? それともなに? カエデさんのところの方がよかった? ほかに誰かいるの?」
「いやいやいやいや! そ、そんなことはっ!」
「ならいいじゃん。できるだけ早く帰ってくるんだよ? ごちそう、作って待ってるから」
「え、あ、いや、その……」
「もう、シャキッとする! ね、わたしの王子様?」
「うっ……!」
……あれ?
なんか、サイテンの目が血走ってない?
ゴクリって、なんか聞こえてきたんだけど。
いやさ、こっちも恥ずかしかったんだから、何かアクションして欲しいんだけど……。
「では、今からいただきますね?」
「はぁ? 何言ってんの? 夕飯なんにもしてないよ?」
「まぁまぁ」
「ちょっ、なんで近づくのさっ! ねぇ、ちょっと……ぉ! ふぁ……ぁ、んっ。ちょっ、どうして首を舐め……、ぁ、あっ。そんな触り方……、ダ、ダメだって! お願い、ね? ……ぁはぁっ、んン。なんで肩がこんな……ンっ。ちょっ、サイテン、聞いてるぅ、ぁ、ぁっ」
「聞いてますよー。カオルさんは感度イイですねぇ」
「ちょっとぉ……。下はぁ、ぁっ、そこぁッ……ぃぁっ、ん!」
「いや、あんたらさぁ……」
「ね、姉さん!」
「おぅ。まいごっど」
扉の向こうに姉さんが……っ!
「いつからそこにいたのっ!?」
「『サイテン、話があるんだけど。少し、いいかな?』からいたわよ」
「最初からッ!?」
「どうしよう。彼氏のうちにでも泊まろうかな」
「そうですね。その方が私のマグナム的にもよろしいかと」
「いやっ。そんなこと言わないで、ね。お願いしますっ。そ、そうだ。食べにいこっ? ファミレス、ファミレスにしよっ!?」
「えぇ~。私はカオルさんがいいです」
「サイテンさんもそう言ってることだし」
「いやさっ。気持ち! 気持ちが大事っていうかさっ」
「あんた十分に感じてたじゃん」
「そうですね。身体も大事といいますか」
「おかしなこと言ってないで! ほら、行くよ」
「十分におかしな状況になってますけどね」
「コイツ、コイツ……!」
「まぁ、いいけどね。どのみち、ご飯、できてないんだから。行くわよ、ファミレス」
「今日は私のおごりですよ。そんな気分です」
「おおー。よかったわねー、カオルちゃん」
「うるさいよっ。さ、とっとと行く!」
「はいは~い」
「わかりました」
「ったく……。だいたい、キスだってまだなんだから」
「ちょ、聞きまして、サイテンさん?」
「これはこれは。嬉しいことに私の耳にも」
「ふぇ?」
「いやさぁ。あんた、さっき、自分でなんて言ったかわかってる?」
「へ? あ、あっ!」
「いやー。やっぱり、彼氏のうちに泊まろっかなー」
「ですです。その方が私のマグナム的にも」
「すとっぷ、すとっぷー!」
姉さんは冗談キツイし、サイテンはヘンタイだ。
でも、まぁ。一緒にいると、笑顔になるよねっ。
テーブルの上には、二つのマグカップがそのままある。
けれども。
冷めたレモンティーも、温めなおせば、それはそれでおいしいのだ。
はい、いつもありがとうございます。
お付き合い、おつかれさまでした。
この『天使から』。コメディ的な視点からもっと続けることもできたのですが、クリスマス前に終わらせたかったという時期的な意味合いもありまして、完結させていただきました。せっかくのクリスマスです。すっきりと、笑顔で過ごしていただきたいですからね。
次の更新はどんなジャンルになることやら。
ボクにもさっぱりです。
ただ、『カエンダー』をちょくちょく、ということは脳内で決定しているのですけれど。なんといいますか。小説を書こうとすると、二人がいちゃつきはじめるんですよ。誰と誰とは言いませんけどね、誰と誰とは。ちっ、リア充め……っ! ですが、まぁ。とりあえず、気が向きましたら、そちらのほうもよろしくお願いします。
では。
また会う日まで。




