表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/21

上を向いて歩こう。-2

 

 その日、ボクは通勤ラッシュの中、来週の土曜日のことで頭がいっぱいだった。いやね、サイテンの上司さんが挨拶しにくるんだよ。部下がいつもお世話になってますって。別にいいのにねぇ。んで、姉さんも彼氏さんのところに外泊するんだって。しかも、日曜日にはそのままデート。いいねぇ。ラブラブだねぇ。そんなわけで、ボクはサイテンと二人で、『おもてなし』をするわけだ。ふふん。流行語、使っちゃったよ。

 といっても、実は、メニューはすでに決まってるんだけどね。オレンジページをパラパラとめくって、「これおいしかったねー」とか、「あ、これいいかも」とか、「私はこれが食べたいです」とか二人で会話してたら、自然と決まったんだ。こうして意見してくれると、本当にありがたい。献立を考えるのって、結構難しいんだ。おかげで、ずいぶん助かってるよ。

 でも実は。サイテンには内緒で、サプライズも考えてるんだ。旬のゆずを使ったヨーグルトだよ。プレーンのヨーグルトは市販だけど、それにちょこんとのせるゆずジャムは手作りなんだ。果肉と皮と氷砂糖でできるんだけど、まだビンに漬けたばっかりで、試食はしてないよ。試食が楽しみなんだー。

 ……ヨーグルトかぁ。牛乳で作れて簡単らしいんだけど……。う~ん。いやさ、作り方、調べてはいるんだよ。そう、調べては。でもさ、発酵だってさ。発酵。う~ん……。なんか、ねぇ。でもね、濃厚でおいしいらしいんだよ。話を聞く限り。手作りヨーグルトかぁ。……サイテンに相談してみようかなぁ?

 献立のことで頭がいっぱいだった。

 あれ買って。これ買って。

 なにが冷凍されてて。

 なにを作って。

 あーだ。こーだ。

 考えてた。

 ボクは、油断していたのかもしれない。

 警戒なんてするはずないのだけれど。

 でも。

 そうなのかもしれない。

 なぜなら。

 ボクの。

 ぴっちりとしたデニムパンツの。

 太ももの、それも内側に。

 人の手が。

 触れていたから。

 手の甲ではなく。

 手の平で。

 意図的に添えられ。

 そっと、舐めるように。

 おぞましく動く。

 皺のある中年男性の手。

 ボクは混乱した。どうして。何が。どうなって。何を考えて。こんなところを。なぜ。触られているのか。わからない。どうして。どうして。どうして。怖い。恐ろしい。足が、震えた。ガクガクと。恐怖で。動けなかった。まるでそれは年老いた蛇だった。這いずるように、太ももをなでる蛇。舌をチロチロと出して、威嚇して。恐怖で縛り付けて、獲物を狙う老獪なイキモノ。それが、ゆっくりと、登っていく。太ももの外を。内を。お尻を。ゆっくりと、撫で回される。

 吐き気がした。悪寒がした。気持ちが悪かった。それでも。関係なく。蛇は動く。お尻を。内股を。股間を。身体は震えている。楽しむかのように、撫でられる。ついには、セーターをめくって、下を這い出す。デニムの、ボタン。そして、おへそ。蛇が止まった。恣意的に、止められた。上か。下か。ボクは凍りついた。


「ご乗車、ありがとうございます。まもなく――――」


 サッと、手が引かれた。

 知らない駅だった。

 急いで降りた。

 窓に反射していたのは、知らないおじさんの、歪んだ口だった。

 ボクは、駅から出て、逃げた。

 知らない街を。

 一人。

 逃げた。

 着ていた服が気持ち悪くて。

 早く脱ぎたくて仕方なくて。

 知らない公園のトイレで『お願い』した。

 姿は変わった。

 少し、ホッとした。

 けれども。

 沈んだ気持ちは変わらずに。

 膝を抱えて。

 震えた。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ