↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7億円で、潰れかけのクラブを買いました ~数字しか見えない俺は、誰も数えない選手を集める~  作者: 猫の飼い主
第八章 市場 ―― 全員、降りてます

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
99/166

第99話 市場が、全員降りてます

六月に入っても、二枚目は決まらなかった。


代理人からのリストは、二週間ごとに更新される。値段は下がらない。下がっているものは、下がる理由のあるものだった。膝、素行、年齢。理由のある安さはうちには買えない。理由のない安さを要は探していた。そういうものは、市場にはめったに落ちていない。


要は次の手を持っていなかった。机の上に、開いたままの映像がいくつも溜まっていた。どれも途中で閉じたものだった。


宮里澪が事務室に来たのは、その週の水曜だった。


手に紙の束を持っていた。医療の資料ではなかった。


「要さん。これ、見てもらえますか」


宮里は机に一枚目を置いた。外国籍選手の名前と経歴だった。


「マーカス・レイ。二十八歳。アメリカ出身。三年前まで、欧州の一部にいました」


「……無所属ですね」


「はい。去年の四月に、膝を手術してます」


要は資料をめくった。復帰後の成績が、はっきりと落ちていた。得点は半分、リバウンドは三分の一。翌年の契約はどこからも来ていない。市場はこの選手を終わったものとして扱っていた。


「市場が、全員降りてます」


要は言った。


「はい。だから、安いです」


宮里は二枚目を置いた。手術の記録と、復帰までの日数が並んでいた。ページの端に、宮里の字で小さな書き込みがあった。数字の横に、疑問符が一つ付いていた。


「この数字の落ち方は、膝のせいじゃありません」


宮里の声が少し変わった。要が知っている、この人の声だった。診断を、確信を持って言うときの声だった。


「復帰が、三ヶ月、早いです。この術式で、この時期に、この試合数を踏ませたら、誰でもこうなります」


「……早められた、ということですか」


「そう読みます。本人が急いだのか、クラブが急がせたのかは、書いてありません。でも、片方だけということは、まず、無いです」


要は資料を持つ手を止めた。


一年半前、ベイカーのことを、誰かがこう言った。あの人から、手段を全部取り上げたやつがいる、と。


同じ形の話がまた目の前にあった。取り上げられたのは、手段ではなく、時間だった。三ヶ月ぶんの治る時間だった。市場は、その三ヶ月を見ずに、落ちた数字だけを見て、降りていた。


「戻りますか」


要が聞くと、宮里は即答しなかった。そこがこの人だった。数字で言えないことは言わない。言えることと、言えないことのあいだに、この人はいつも、細い線を引いていた。


「戻る種類の怪我です。ただし条件が三つあります。連戦の二日目は、出す時間を決めてもらいます。遠征の移動は、去年の等級を落とさないこと。あと、練習量を私が管理します」


「郷田さんが、嫌がるかもしれません」


「嫌がったら、私が話します」


宮里は言った。迷いのない言い方だった。


「……前の職場なら、こんな紙、作りませんでした。作っても、誰も読まないので」


要は聞いた。


「なぜ、これを」


宮里は少し考えてから答えた。


「止めるだけの仕事は、もう、二年やりました」


それだけだった。彼女は資料を要に渡して、事務室を出ていった。ドアが閉まる音はしなかった。宮里はいつもドアを静かに閉めた。止めるのが仕事だった二年で、この人が身につけた閉め方だった。


映像を郷田が見た。


二十分ほど、黙っていた。それから、一箇所だけ巻き戻した。手術の前の、三年前の映像だった。


レイが、ゴール下で相手を一歩だけ押し戻して、位置を取っていた。跳んでいない。


「こいつ、跳ばずに済ませられる」


郷田は言った。


「膝が悪いやつが、いちばん、しちゃいけねえのは、無駄に跳ぶことだ。……こいつは、元から、跳んでねえ」


郷田は、画面を止めた。止めた場面で、レイの足は、床についたままだった。


「獲れ」


郷田は、それだけ言って、映像をもう一度頭から再生した。二度目は、何も言わずに、最後まで見ていた。

――最後まで読んでくださって、ありがとうございます。

続きが気になったら、ブックマークしていただけると嬉しいです。

ページ下の★評価も、続きを書く力になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。