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7億円で、潰れかけのクラブを買いました ~数字しか見えない俺は、誰も数えない選手を集める~  作者: 猫の飼い主
第八章 市場 ―― 全員、降りてます

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第96話 市場の外

代理人から届いた売り込みは、その週だけで十一件あった。


要は全部、開いた。全部、閉じた。


映像はどれも派手だった。ダンク、ブロック、三本続けて決まる外のシュート。曲が付いているものもあった。編集されている。編集できるということは、もう誰かが売り物にしているということだった。


値段がついている。ついている値段はうちには払えない。


要は十一件を額の安い順に並べ替えた。いちばん下のものでも、うちの一年の人件費の半分を超えていた。並べ替えても、線の下に届くものは、一つもなかった。


「李濬浩のときと、同じですか」


浜口が聞いた。


「同じです」


要は言った。


「売りに出ているものは、買えません。うちが買えるのは、まだ売り場に並んでないものだけです」


浜口はいつもの紙を出した。三つの数字がいつもの順に書いてある。


実績、三千。損益分岐、三千五百。昇格の基準、四千。


「今季の見込みです。動員は、まだ伸びます。分岐も、まだ上がります」


浜口は一番下の行を指で押さえた。


「差、五百人ぶん。……この一年、要さんの財布が、一試合ずつ埋めてきた分です」


「はい」


「去年の暮れに言いました。今季をいっぱいまで戦えば、ぎりぎり、と」


浜口は顔を上げた。


「その今季です」


要はうなずいた。うなずいた以上のことは、言わなかった。言えば、浜口が計算を始める。その計算の答えを、要はもう知っていた。差の五百に、これから買う一枚の年俸が乗る。乗れば、ぎりぎりは、ぎりぎりでなくなる。


要は旅費の見積りを出した。乗り継ぎ二回、七日間、通訳込み。数字を書いた紙は一枚だった。


浜口は数字を見て、少しだけ黙った。


「クラブの経費では、通しません」


「分かってます」


「……通せない、じゃありません。通しません。要さんの金で行くなら、俺は口を出さない。それだけです」


要はうなずいた。この一年半で、この男が覚えた線引きだった。クラブの金と、要の金を、浜口は決して混ぜなかった。混ぜないことがこの男の筋だった。要の金でクラブのものを買うときは、要からの借りとして、別の帳簿に置く。クラブの帳簿には払った分が載り、別の帳簿には、要にまだ返せていない分が載る。分けて置くことで、浜口は、要の私財がいつ尽きるかをいつも正確に数えていられた。


行き先は東欧の二部リーグだった。


要が選んだ理由は単純だった。そのリーグは、放映もされず、まとまった記録も残らない。数字が外に出ない場所は、値段もつかない。値段がつかないから、うちにも手が届く。


李濬浩を獲ったときと、同じ考え方だった。ただし今度は映像では足りなかった。膝と足首の使い方は、画面越しには見えない。跳ぶ前の半歩の位置取り。相手より先にそこへ立つ速さ。それは、その場に立って、同じ床の上で、同じ照明の下で見るしかない。


一回しか飛べなかった。二回目の旅費は、要の口座にも無かった。だから、一度で見極める選手を、行く前に決めておく必要があった。要は、映像で残った三人のうち、二人を行く前に捨てた。


出発の朝、事務室の鍵を閉めていると、練習場のほうから音がした。


ボールが床を打つ音が二つ。オフのはずだった。


覗くと、志水玲央と、宇野匠がいた。二人ともまだ若い。誰にも言われずに来て、誰にも見られずに打っている。境目の線を、二人とも踏んで走っていた。踏んでいることに、気づいてもいなかった。


去年まで、この体育館に、オフの日に来る若手はいなかった。来ても意味がないと思われていた。二年で切られる場所に、余分な一日を使う者はいない。


要は、声をかけなかった。声をかければ、二人が見られていたことを知る。知れば、明日から来にくくなるかもしれない。


要は、鍵をそのまま持っていった。


夕方の便だった。

――最後まで読んでくださって、ありがとうございます。

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