第91話 割には、合わねえよ
試合後、廊下で、綱島が番場を待っていた。
「久しぶりだな、剛」
「……ああ」
二人はしばらく黙っていた。要は少し離れた場所から、それを見ていた。立ち去るべきかとも思ったが、動けなかった。
「膝、限界だろ」
綱島が言った。
「余計な、お世話だ」
「引退、いつだ」
「まだ、決めてねえ」
綱島は少し笑った。
「昔のお前なら、あんな一本、守れて当たり前だった。……今日の一本で、客が沸いてたな。あれ、複雑な気分だろ」
番場は答えなかった。
「なあ、剛」
綱島は続けた。
「俺は、あのとき、出た。お前は、残った。……あれから、俺は何回も勝った。プレーオフにも出た。給料も、上がった」
綱島は廊下の古い壁を見た。
「お前は、ずっと、負けてきた。膝も、こんなになるまで、この沈む船にしがみついて。……なあ、割に合ったか」
要はその問いに息を詰めた。
それは番場への問いだった。だが、要にも刺さった。要もこの町を出た側だった。残らなかった側だった。
番場はしばらく黙っていた。
それから、言った。
「割には、合わねえよ」
綱島が番場を見た。
「勝ちは、お前のほうが、多い。金も、そうだ。……俺は、負けてばっかりだった」
番場は廊下の先を見た。ロッカーのほうを。若い選手たちの声が聞こえていた。
「でもな。……さっき、一本止めたとき。三千人が、俺の名前を、呼んだ」
番場は言った。
「俺が、跳べなくなっても。この町は、俺を、憶えてる。……それは、勝ちじゃ、買えねえんだ」
綱島は何も言わなかった。
長い沈黙があった。
それから、綱島はぽつりと言った。
「……そうか」
その声に、勝った側の余裕は無かった。あるのは少しの羨望のようなものだった。綱島の行った町では、たぶん綱島の名を三千人が呼ぶことは無い。強いクラブの主力の一人。それ以上でも以下でもなかった。
「剛」
綱島は帰り際に言った。
「その膝で、いつまでやれるか分からねえけどな。……最後まで、あの町で、やれよ。それが、お前の、勝ちだ」
番場は答えなかった。ただ、小さく手を上げた。昔、コートで何百回も交わした合図だった。
綱島はガルーダのバスへ歩いていった。
要はその二つの背中を見ていた。出ていった男と、残った男。どちらが正しかったのかは、まだ分からなかった。ただ、残った番場の背中に、今は確かに町の声がついていた。
要は自分のことを思っていた。要もこの町を出た側だった。父が店を畳むとき、要は東京にいた。造船所が消え、町が痩せていくのを、外から見ていた。綱島と同じだ。賢く、逃げた側。
その要が今、この町に帰ってきている。番場の隣に立っている。遅れて、戻ってきた。番場は、ずっと、ここにいた。要が戻る場所を、番場のような人が残して、守っていてくれた。
(……俺は、綱島だ)
要はそう思った。だが、綱島と違って、要は戻ってこられた。まだ、間に合った。痩せた鯨が消える前に。
【B.ONE】潮見ブルーホエールズ 応援スレ Part79
501 名無しの潮見サポ
ガルーダに、24点差負け
まあ、格上だししゃーない
502 名無しの潮見サポ
>>501 でも今日、誰も帰らなかったよな
去年、ガルーダ戦とか前半で帰ってたのに
503 名無しの潮見サポ
番場が綱島を一本止めたとこ、鳥肌立った
20点差なのに、体育館いちばん沸いた
504 名無しの他クラブサポ
おじゃま、ガルーダ側だけど
正直、潮見、去年と別チームだわ
点差はついたけど、最後まで足が止まらなかった
うちのベンチ、途中で「あれ?」ってなってた
505 名無しの古参
Part1から見てる古参だけどな
綱島が出てったとき、俺は「番場も行けばよかった」って思ったんだよ
沈む船に残って、何になるんだって
506 名無しの古参
今日、それの答え合わせだった気がする
綱島は勝った。番場は負け続けた
でも、あの一本で名前を呼ばれたのは、番場だった
どっちが幸せかは、俺には言えねえ。でもな
507 名無しの潮見サポ
>>506 わかる
うまく言えないけど、わかる
508 名無しの潮見サポ
来季、ガルーダに一回でいいから勝ちたいな
今日ので、ちょっとだけ、夢じゃない気がしてきた
五年越しの答え合わせは、その夜、この町で静かについた。
答え合わせをするのは、番場と綱島だ。要では、ない。要はただ、番場が最後まで立てる場所を守るだけだった。
――最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
続きが気になったら、ブックマークしていただけると嬉しいです。
ページ下の★評価も、続きを書く力になります。




