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7億円で、潰れかけのクラブを買いました ~数字しか見えない俺は、誰も数えない選手を集める~  作者: 猫の飼い主
第七章 線 ―― 埋める金のほうが、先に尽きる

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第91話 割には、合わねえよ

試合後、廊下で、綱島が番場を待っていた。


「久しぶりだな、剛」


「……ああ」


二人はしばらく黙っていた。要は少し離れた場所から、それを見ていた。立ち去るべきかとも思ったが、動けなかった。



「膝、限界だろ」


綱島が言った。


「余計な、お世話だ」


「引退、いつだ」


「まだ、決めてねえ」


綱島は少し笑った。


「昔のお前なら、あんな一本、守れて当たり前だった。……今日の一本で、客が沸いてたな。あれ、複雑な気分だろ」


番場は答えなかった。



「なあ、剛」


綱島は続けた。


「俺は、あのとき、出た。お前は、残った。……あれから、俺は何回も勝った。プレーオフにも出た。給料も、上がった」


綱島は廊下の古い壁を見た。


「お前は、ずっと、負けてきた。膝も、こんなになるまで、この沈む船にしがみついて。……なあ、割に合ったか」


要はその問いに息を詰めた。


それは番場への問いだった。だが、要にも刺さった。要もこの町を出た側だった。残らなかった側だった。



番場はしばらく黙っていた。


それから、言った。


「割には、合わねえよ」


綱島が番場を見た。


「勝ちは、お前のほうが、多い。金も、そうだ。……俺は、負けてばっかりだった」


番場は廊下の先を見た。ロッカーのほうを。若い選手たちの声が聞こえていた。


「でもな。……さっき、一本止めたとき。三千人が、俺の名前を、呼んだ」


番場は言った。


「俺が、跳べなくなっても。この町は、俺を、憶えてる。……それは、勝ちじゃ、買えねえんだ」



綱島は何も言わなかった。


長い沈黙があった。


それから、綱島はぽつりと言った。


「……そうか」


その声に、勝った側の余裕は無かった。あるのは少しの羨望のようなものだった。綱島の行った町では、たぶん綱島の名を三千人が呼ぶことは無い。強いクラブの主力の一人。それ以上でも以下でもなかった。



「剛」


綱島は帰り際に言った。


「その膝で、いつまでやれるか分からねえけどな。……最後まで、あの町で、やれよ。それが、お前の、勝ちだ」


番場は答えなかった。ただ、小さく手を上げた。昔、コートで何百回も交わした合図だった。


綱島はガルーダのバスへ歩いていった。


要はその二つの背中を見ていた。出ていった男と、残った男。どちらが正しかったのかは、まだ分からなかった。ただ、残った番場の背中に、今は確かに町の声がついていた。


要は自分のことを思っていた。要もこの町を出た側だった。父が店を畳むとき、要は東京にいた。造船所が消え、町が痩せていくのを、外から見ていた。綱島と同じだ。賢く、逃げた側。


その要が今、この町に帰ってきている。番場の隣に立っている。遅れて、戻ってきた。番場は、ずっと、ここにいた。要が戻る場所を、番場のような人が残して、守っていてくれた。


(……俺は、綱島だ)


要はそう思った。だが、綱島と違って、要は戻ってこられた。まだ、間に合った。痩せた鯨が消える前に。



【B.ONE】潮見ブルーホエールズ 応援スレ Part79


501 名無しの潮見サポ

ガルーダに、24点差負け

まあ、格上だししゃーない


502 名無しの潮見サポ

>>501 でも今日、誰も帰らなかったよな

去年、ガルーダ戦とか前半で帰ってたのに


503 名無しの潮見サポ

番場が綱島を一本止めたとこ、鳥肌立った

20点差なのに、体育館いちばん沸いた


504 名無しの他クラブサポ

おじゃま、ガルーダ側だけど

正直、潮見、去年と別チームだわ

点差はついたけど、最後まで足が止まらなかった

うちのベンチ、途中で「あれ?」ってなってた


505 名無しの古参

Part1から見てる古参だけどな

綱島が出てったとき、俺は「番場も行けばよかった」って思ったんだよ

沈む船に残って、何になるんだって


506 名無しの古参

今日、それの答え合わせだった気がする

綱島は勝った。番場は負け続けた

でも、あの一本で名前を呼ばれたのは、番場だった

どっちが幸せかは、俺には言えねえ。でもな


507 名無しの潮見サポ

>>506 わかる

うまく言えないけど、わかる


508 名無しの潮見サポ

来季、ガルーダに一回でいいから勝ちたいな

今日ので、ちょっとだけ、夢じゃない気がしてきた


五年越しの答え合わせは、その夜、この町で静かについた。


答え合わせをするのは、番場と綱島だ。要では、ない。要はただ、番場が最後まで立てる場所を守るだけだった。

――最後まで読んでくださって、ありがとうございます。

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