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7億円で、潰れかけのクラブを買いました ~数字しか見えない俺は、誰も数えない選手を集める~  作者: 猫の飼い主
第七章 線 ―― 埋める金のほうが、先に尽きる

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第89話 明日は、たぶん負けます

湊川ガルーダは格上だった。


B.ONEでも上位の常連。潤沢な親会社を持ち、外国籍を二枚当たり前に並べてくる。潮見がリーグで一度も勝てていない相手だった。去年も今年の前半も当たるたびに大差で負けていた。


そのガルーダに、番場剛の昔の相棒がいた。


綱島だった。



「綱島さん、まだ現役なんですね」


志水玲央が練習の合間に言った。悪気はなかった。


「あの人番場さんとコンビ組んでたんですよね。昔」


番場はボールを拾う手を止めなかった。


「組んでた」


それだけ、言った。


要実は二階からその様子を見ていた。番場の背中が少しだけいつもと違って見えた。いつもより硬い。志水は気づいていない。だが、番場にとって綱島の名はただの対戦相手の名では、なかった。


番場は綱島のことを、めったに口にしない。要が知る限り、一度も無い。だが、口にしないことと忘れていることは、違う。忘れられない相手だから、口にしないのだと要は思っていた。



綱島のことは要も知っていた。


まだ潮見が少しは勝てていたころ。番場と綱島はこの町の二枚看板だった。だが、親会社が傾きクラブが沈み始めると綱島は早々に、潮見を出た。湊川ガルーダへ移り、そこで主力になった。


番場は残った。


沈む船に残るより、綱島のほうが賢かった。町ではそう言われていた。正解かどうかは五年経ってから答え合わせだ、と言い返す古参もいた。


その五年が経っていた。


要は番場の映像を何度も見返したことがある。オーナーになる前の、八ヶ月のあいだに。全盛期の番場と綱島は、確かにいいコンビだった。番場が守り、綱島が決める。二人でこの町を沸かせていた。


だが、親会社が傾いたとき二人の道は、分かれた。綱島は自分の価値を、まだ高いうちに売った。それは選手として正しい判断だった。番場は売らなかった。売れなかったのか、売らなかったのか。要にはまだ分からなかった。ただ、番場は今もここにいる。膝をこんなになるまで使い果たして。



試合の前日、ガルーダのGMが、潮見の体育館に来た。


蒲生(がもう)といった。五十がらみの、落ち着いた男だった。視察のついでに、挨拶に寄った、という体だった。だが、その目は体育館の隅々を静かに測っていた。


「屋台の匂いがしますね」


蒲生は言った。


「試合の日は、もっとすごいです」


要が答えると蒲生は少し笑った。



「動員、伸びてるそうですね。二千百から、三千近くまで。……この箱で、この地域でその数字は正直驚きです」


蒲生はコンコースを見渡した。


「うちも、昔はこういう時期がありました。何も無いところから、一つずつ。……懐かしい」


蒲生は要を見た。


「ですが、要さん。動員と勝ちは、別です。うちに競技で追いつくには、まだ何年もかかる。……明日、それを思い知ることになると思いますよ」


その声に悪意はなかった。ただ、格上のGMが事実を告げていた。



「分かっています」


要は言った。


「明日は、たぶん負けます。大差で」


蒲生の眉が少し動いた。オーナーがそう言うとは思っていなかったようだった。


「ただ」


要は続けた。


「うちの選手が、あなたのところの選手と、四十分同じコートに立ちます。……それだけで、去年とは違うんです」


蒲生はしばらく要を見ていた。


それから、小さくうなずいた。


「……面白いオーナーだ」


蒲生は少し、間を置いて、続けた。


「うちも、二十年前は最下位でした。金も客も無かった。……そこから、一つずつ積んでここまで来た。あなたのやってることは、間違ってません。ただ、時間がかかる。うちが、二十年かけたことです」


要はその言葉を聞いていた。この男は財前とは違った。潮見を道楽だとは言わなかった。同じ道を、先に歩いた者として認めていた。だからこそ、その「時間がかかる」は重かった。


「二十年は、待てません」


要は言った。


「うちには、そんな時間無いので」


蒲生は、また少し笑った。


「でしょうね。……だから、面白い」


蒲生は、そう言って帰っていった。番場と綱島の話は、一度も出なかった。だが去り際、蒲生はコートのほうを一度だけ見た。明日、そこでかつての二枚看板が敵味方に分かれて立つことを、この男も知っているようだった。

――最後まで読んでくださって、ありがとうございます。

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