第89話 明日は、たぶん負けます
湊川ガルーダは格上だった。
B.ONEでも上位の常連。潤沢な親会社を持ち、外国籍を二枚当たり前に並べてくる。潮見がリーグで一度も勝てていない相手だった。去年も今年の前半も当たるたびに大差で負けていた。
そのガルーダに、番場剛の昔の相棒がいた。
綱島だった。
「綱島さん、まだ現役なんですね」
志水玲央が練習の合間に言った。悪気はなかった。
「あの人番場さんとコンビ組んでたんですよね。昔」
番場はボールを拾う手を止めなかった。
「組んでた」
それだけ、言った。
要実は二階からその様子を見ていた。番場の背中が少しだけいつもと違って見えた。いつもより硬い。志水は気づいていない。だが、番場にとって綱島の名はただの対戦相手の名では、なかった。
番場は綱島のことを、めったに口にしない。要が知る限り、一度も無い。だが、口にしないことと忘れていることは、違う。忘れられない相手だから、口にしないのだと要は思っていた。
綱島のことは要も知っていた。
まだ潮見が少しは勝てていたころ。番場と綱島はこの町の二枚看板だった。だが、親会社が傾きクラブが沈み始めると綱島は早々に、潮見を出た。湊川ガルーダへ移り、そこで主力になった。
番場は残った。
沈む船に残るより、綱島のほうが賢かった。町ではそう言われていた。正解かどうかは五年経ってから答え合わせだ、と言い返す古参もいた。
その五年が経っていた。
要は番場の映像を何度も見返したことがある。オーナーになる前の、八ヶ月のあいだに。全盛期の番場と綱島は、確かにいいコンビだった。番場が守り、綱島が決める。二人でこの町を沸かせていた。
だが、親会社が傾いたとき二人の道は、分かれた。綱島は自分の価値を、まだ高いうちに売った。それは選手として正しい判断だった。番場は売らなかった。売れなかったのか、売らなかったのか。要にはまだ分からなかった。ただ、番場は今もここにいる。膝をこんなになるまで使い果たして。
試合の前日、ガルーダのGMが、潮見の体育館に来た。
蒲生といった。五十がらみの、落ち着いた男だった。視察のついでに、挨拶に寄った、という体だった。だが、その目は体育館の隅々を静かに測っていた。
「屋台の匂いがしますね」
蒲生は言った。
「試合の日は、もっとすごいです」
要が答えると蒲生は少し笑った。
「動員、伸びてるそうですね。二千百から、三千近くまで。……この箱で、この地域でその数字は正直驚きです」
蒲生はコンコースを見渡した。
「うちも、昔はこういう時期がありました。何も無いところから、一つずつ。……懐かしい」
蒲生は要を見た。
「ですが、要さん。動員と勝ちは、別です。うちに競技で追いつくには、まだ何年もかかる。……明日、それを思い知ることになると思いますよ」
その声に悪意はなかった。ただ、格上のGMが事実を告げていた。
「分かっています」
要は言った。
「明日は、たぶん負けます。大差で」
蒲生の眉が少し動いた。オーナーがそう言うとは思っていなかったようだった。
「ただ」
要は続けた。
「うちの選手が、あなたのところの選手と、四十分同じコートに立ちます。……それだけで、去年とは違うんです」
蒲生はしばらく要を見ていた。
それから、小さくうなずいた。
「……面白いオーナーだ」
蒲生は少し、間を置いて、続けた。
「うちも、二十年前は最下位でした。金も客も無かった。……そこから、一つずつ積んでここまで来た。あなたのやってることは、間違ってません。ただ、時間がかかる。うちが、二十年かけたことです」
要はその言葉を聞いていた。この男は財前とは違った。潮見を道楽だとは言わなかった。同じ道を、先に歩いた者として認めていた。だからこそ、その「時間がかかる」は重かった。
「二十年は、待てません」
要は言った。
「うちには、そんな時間無いので」
蒲生は、また少し笑った。
「でしょうね。……だから、面白い」
蒲生は、そう言って帰っていった。番場と綱島の話は、一度も出なかった。だが去り際、蒲生はコートのほうを一度だけ見た。明日、そこでかつての二枚看板が敵味方に分かれて立つことを、この男も知っているようだった。
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