↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7億円で、潰れかけのクラブを買いました ~数字しか見えない俺は、誰も数えない選手を集める~  作者: 猫の飼い主
第七章 線 ―― 埋める金のほうが、先に尽きる

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
86/165

第86話 手の届く距離に、いる

平良大和は三日考えた。


その三日のあいだに、要は平良のことを佐伯涼真に話した。


「平良さんを、集客の顔にしたい」


佐伯は少し笑った。


「いいですね。あの人町の人気、番場さんの次ですよ。若い母親とか、子どもとか。……番場さんは、遠すぎるんです。日本代表まで行った人だから。平良さんは、ちょうどいい。手の届く距離にいる」


佐伯は続けた。


「ただ本人が、嫌がるでしょうね。選手として見てほしい人だから」


「嫌がってます」


要は言った。



その夜、番場剛が平良を飲みに誘った。


番場が若手を飲みに誘うのは、めずらしかった。


「大和。お前集客の顔とかいうの、断るつもりだろ」


平良はビールを置いた。


「……番場さんも聞いたんすか」


「聞いた」


番場は自分の膝をさすった。テーピングの上から。


「俺もな、去年断ろうとした。焼き鳥屋の看板になれって言われて。……ふざけるな、と思った。動けねえのを、笑いものにされてるみたいでな」


平良は黙って聞いていた。



「でもな」


番場は言った。


「やってみて、分かった。……あれは、笑いものじゃねえ。俺が、この町にまだ要る形なんだ」


番場はビールを飲んだ。


「跳べなくなっても、町が俺を憶えてる。……それが、どれだけありがたいか。お前には、まだ分からねえだろうな。跳べるうちは」


平良はコップを握っていた。


「大和。お前は跳べる。跳べるうちに、両方やれ。コートでも戦って、町の顔にもなれ。……俺は跳べなくなってから、片方しかできなかった」


番場は少し黙った。


「俺はな、現役のあいだずっとコートのことしか考えてなかった。町のことなんか、見てなかった。跳べなくなって初めて町が、俺を見ててくれたことに、気づいた。……遅かったよ」


平良はコップを見ていた。


「お前は、両方見えてる。客の顔も覚えてる。……それは、才能だ。跳ぶのと同じくらいの、才能だ。ただ、お前がそれに値をつけてないだけだ」


番場はビールを飲み干した。


「あのオーナーは、そういうのを拾うのが、うまい。俺のときも、そうだった。……乗っかっとけ。損はしねえ」


番場はそれだけ言ってまた膝をさすった。



次のホームゲーム。


平良は試合前にコンコースに立っていた。


いつものように客と喋っていた。C列のおっちゃん。売店の婆ちゃん。だが、その日は、少し違った。佐伯がその様子を撮っていた。記事にするためだった。


平良は子どもに囲まれていた。試合に出るかどうかも分からない、準主力の選手が。だが、子どもたちは、平良の名前を呼んでいた。「たいらせんしゅ」と。


要は二階からそれを見ていた。


得点ランキングには平良の名は無い。だがこの町のいちばん賑やかな輪の真ん中に、平良がいた。



ハーフタイムには、公民館の子たちが踊った。


揃いのTシャツの小学生が、モップの引き上げた床へ走り出てくる。曲は一つ。振りはそろっていたり、いなかったりした。端の一人が途中から左右を間違え、隣を見て一拍遅れで直した。客席がいちばん沸いたのはそこだった。


要は二階から出入口を見ていた。


ハーフタイムは、客がコンコースの屋台へ流れる時間だ。その流れが来なかった。扉の前まで行った客が、曲が始まると引き返してくる。屋台にはこの五分だけ客が行かない。


曲が終わり、十四人がばらばらのお辞儀をした。拍手のあと、思い出したように客が扉へ流れ始めた。


要の手帳に、その日一行だけ増えた。五分、席を立たない。


その下に、要はもう一行、書き足した。


――屋台、五分ぶん、損。


焼き鳥の屋台は、一年、同じ味だった。最初は珍しかった。いまは目当てに並ぶ客と、覗いて素通りする客に、分かれ始めている。ハーフタイムを町に貸すたびに、屋台はその五分を削られる。


誰かが得をした分は、たいてい、誰かの損の上に乗っている。


(……次は、何を並べてもらうか)



その試合、平良は、五分だけ出た。


点は取れなかった。だが、平良がコートに立った五分、客席がいちばん沸いた。「たいら!」の声があちこちから飛んだ。チームで得点上位の一ノ瀬が出たときより、その声は、大きかった。一ノ瀬は強い。だが、平良は、この町のみんなの知り合いだった。


平良はその声を聞いていた。跳べる選手は金で獲れる。だが、この声は、獲れない。二十七年この町にいた、平良にしか、鳴らない声だった。


一ノ瀬がベンチからその光景を見ていた。そして、要のいる二階を一度見上げた。自分にはまだあの声は鳴らない。強いだけでは鳴らない声があることを、一ノ瀬はその日、知ったようだった。


試合後、平良は要のところに来た。


「……やります」


平良は言った。


「集客の顔。やらせてください。……番場さんに、言われました。跳べるうちに、両方やれ、って」


要は、立ち上がって、頭を下げた。


「ありがとうございます」


「礼は、いらないですよ」


平良は少し笑った。今度は目も笑っていた。


「俺たぶん、これずっとただでやってたんで。……値段がつくとは、思ってなかった」


平良はコンコースのほうを見た。まだ、客が少し残っていた。C列のおっちゃんが、帰り際に平良に手を振っていた。平良も振り返した。


「番場さんに、言われたんです。跳べなくなってから気づくより、跳べるうちに気づけって。……俺、跳べなくなる自分を考えたこと、なかったんですよ。でも、いつか、そうなる。番場さんみたいに」


平良は少し笑った。


「そのとき、この町に、俺の居場所が、残ってたら。……それは、たぶん、今日の五分より、長く続くんで」



【B.ONE】潮見ブルーホエールズ 応援スレ Part76


298 名無しの潮見住民

今日のハーフタイム、うちの子が踊った側です

親バカ失礼

よく頑張った


299 名無しの潮見住民

>>298 おつかれ

うちは先月出た組

前の日、眠れないのは親のほうなんだよな


300 名無しの潮見住民

>>299 わかる

ビデオ、手が震えて全部ブレてた


301 名無しの潮見住民

うちはじいちゃんばあちゃんに声かけたら、親戚一同来た

チケット八枚買った

孫の出番は五分、試合は二時間、みんな最後までいた


302 名無しの潮見住民

>>301 それ完全にクラブの思う壺では


303 名無しの潮見住民

思う壺でいいんだよ

孫の晴れ舞台と焼き鳥があれば、冬は越せる


304 名無しの潮見住民

来月は婦人会のフラらしいぞ

うちの母が出る

父が三十年ぶりに体育館へ行くと言い出した


305 名無しの潮見住民

ちびっこが可愛すぎて、飯を買いに行くタイミングを逃したわ


306 名無しの潮見住民

>>305 わかる

買いに出ると、見られないんだよな

焼き鳥屋の親父、客が来ないから入口まで覗きに来てたぞ

――最後まで読んでくださって、ありがとうございます。

続きが気になったら、ブックマークしていただけると嬉しいです。

ページ下の★評価も、続きを書く力になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。