第85話 戦力外ですか、俺
平良大和の出場時間が減っていた。
二十七歳。生え抜きだ。高校を出て、ずっと潮見にいる。それだけで、この町では名前が売れていた。だが、コートでの平良は、ムラがあった。調子のいい日は跳ねるが、悪い日は何もできない。準主力。ここ何年も、その位置から、動けずにいた。
そこへ一ノ瀬が来た。役割を覚えた一ノ瀬が、前線の時間を少しずつ、食い始めた。平良の出番はまた削れた。
要実はその数字を見ていた。出場時間の右肩下がりの線。二十七歳。まだ、引退には早い。だが、コートの上だけで測れば、平良の価値は下がり続けていた。
多くのクラブなら、ここで契約を切る。ムラのある準主力に払う金は無い。それが普通の判断だった。要にもその判断はできた。
だが要はコートの上だけで選手を測らない男だった。東のときもそうだった。番場のときも。数字に出ない価値を、要はいつも別のところに探していた。
平良が事務室に来たのは、その週だった。
「戦力外ですか、俺」
平良は笑いながら言った。だが、目は笑っていなかった。
「一ノ瀬に時間持っていかれてます。……分かってます。あいつのほうが、上だ。跳ぶし、若いし」
平良は続けた。
「でも、俺、他に行くとこないんですよ。潮見しか、知らないんで」
要はその言葉を聞いていた。
「平良さん」
要は言った。
「試合以外で、あなたがいちばん時間を使ってることは、何ですか」
平良はきょとんとした。
「……え。えっと」
平良は少し考えた。
「試合の日、けっこうお客さんと喋ってますね。顔なじみが多いんで。C列のいつものおっちゃんとか。売店の婆ちゃんとか。……あと、地元の子に、たまにバスケ教えてます。頼まれて」
「それ、何年やってますか」
「何年って……ずっとですけど。」
要の手が止まった。
誰も頼んでいない。誰も値をつけていない。
平良はそれをずっとただでやっていた。試合に出られない日も、客と喋り子どもに教え商店街を歩いていた。それがこの町での平良の顔だった。
要は以前、平良のことを、浜口から聞いた覚えがあった。得点の話ではない。「平良に、うちの子の名前を覚えてもらった」という、母親の言葉だった。試合に出た日の話ですら、なかった。平良がスーパーでその子に声をかけた、というだけの話だった。
そのとき要は思ったのだ。この選手はコートの外に値がある、と。ただ、その値に、まだ名前がついていなかった。
要は、番場のことを、思い出していた。跳べなくなった番場が、焼き鳥屋の看板になった。動けない選手が、別の形で町に居場所を作った。あれは、番場が跳べなくなってから、見つけた形だった。
平良はまだ動ける。跳べるうちに、番場が晩年に見つけたものを、手に入れられる。その平良が番場と同じことをもっと大きくできる。
「平良さん」
要は言った。
「試合に出る時間は、たぶんこれから、もっと減ります」
平良の顔がこわばった。
「でも、あなたには一ノ瀬にできないことが、あります」
「……なんすか」
「この町の人が、あなたの顔を、知ってる」
要は言った。
「跳べる選手は、獲れます。金を出せば。……でも、この町で生まれて、この町の客の名前を覚えてる選手は。獲れない。あなたしか、いない」
平良は要を見ていた。
「客寄せパンダに、なれって、ことですか」
平良の声が低くなった。
「俺は、選手ですよ。コートで、勝ちたいんだ。……子どもに教えたり、おっちゃんと喋ったり。そんなの、選手の仕事じゃ、ない」
要は否定しなかった。
「選手の仕事じゃ、ないです」
「じゃあ──」
「クラブの仕事です」
要は言った。
「跳べる選手なら、金を出せば、よそから獲れます。でも、この町で二十七年過ごして、客の顔を覚えてる選手は獲れない。それはあなたにしか、できない仕事です」
平良は黙っていた。
「僕はあなたをコートから外したいわけじゃないんです。コートの外にも、あなたの居場所をもう一つ作りたい。……二つあれば、片方が減っても、あなたは消えない」
平良は、その言葉の意味を、すぐには飲み込めない顔をした。消えない、という言葉だけが、引っかかったようだった。
「考えてみてください。答えは、急ぎません」
平良は、何も言わずに事務室を出た。
その背中は、まだ納得していなかった。だが、ドアの前で一度だけ足を止めた。何か言いかけて、やめて出ていった。
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