↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7億円で、潰れかけのクラブを買いました ~数字しか見えない俺は、誰も数えない選手を集める~  作者: 猫の飼い主
第七章 線 ―― 埋める金のほうが、先に尽きる

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
84/166

第84話 値段を決めるのは、うちです

「潮見の造船所の跡地」


財前は言った。


「あれはまだ、大洋のものです」


要の指が膝の上で止まった。


潮見の海沿い。造船所が閉じてそのまま更地になった広い土地。要は子どものころ、父の店からその煙突を見て育った。煙突はもう無い。土地だけが海の風に晒されている。


「広い平らな土地です。駅からも近い。……新しいアリーナを建てるなら、あそこ以外に無いでしょう」


財前は微笑んだ。


「あなたが、いつか箱を建てたくなったとき。……その土地の値段を決めるのは、うちです」



「うちに、箱を建てる金はありません」


要は言った。


「建てるとしたら、市です。土地の話をする相手は、僕じゃない」


「ええ。おっしゃるとおりです」


財前はあっさりうなずいた。


「ですが市は、誰かが言い出さないと動きません。……一度だけ、話が出たことはあります。もう、白紙になりましたが」


財前は、机の上の紙を、指の先で軽く押さえた。


「言い出すのは、あなたです。市に頭を下げて、図面を描かせて、議会を通るまで走る。市はそのあとから、うちに買いに来る」


要は答えなかった。


「だから、値段の話は、あなたにしています」


財前は言った。


「その土地を高くするのは、市ではなく、あなたなので」



要はようやく財前が呼んだ理由を理解した。


一年前、財前は潮見を道楽だと切り捨てた。畳むのが町のためだ、と。あのときクラブに値は無かった。土地にも無かった。造船所の跡地など、誰も欲しがらなかった。


だが、潮見が回り始めた。客が増え、町が動き、いつか"アリーナ"という話が現実味を帯び始めた。


そうなるとあの更地に値がつく。



「あなたは、面白い人だ」


財前は言った。


「誰も値付けしないものを、拾って値をつける。……そのおかげで、うちの負動産だった土地にまで、値がつきそうだ」


財前は茶を一口飲んだ。


「皮肉なものですね。あなたが町を温めるほどうちの土地が、高く売れる」


要はその言葉の冷たさを聞いていた。


要が町を温める。その熱でこの男が切り捨てた土地の値が上がる。要が積み上げたもののいちばん上の実りを、この男が待っている。



「一つ、伺っていいですか」


要は言った。


「どうぞ」


「大洋さんは、あの土地を売りたいんですか。それとも、売りたくないんですか」


財前の微笑みがわずかに止まった。


要は続けた。


「売りたいなら、今すぐ買い手を探せばいい。でもあなたは、そうしていない。……値が上がるのを、待っている。潮見がもっと育つのを」


「……商売です」


「ええ。商売です」


要は言った。


「だから、僕は、急ぎません」



財前が要を見た。


「あの土地が要るのは、たぶん何年も先です。今、値段の話をしても意味が無い。……その日まで僕は、ただ町を温め続けます」


要は立ち上がった。


「値が上がって、困るのは、そちらかもしれない。高くなりすぎたら、僕は別の土地を探すだけなので」


それははったりだった。あの跡地以外に、適した土地はたぶん無い。だが、要はそれを顔に出さなかった。


財前はしばらく要を見ていた。値踏みをする目だった。一年前と同じ目だった。だが、あのときと一つだけ違った。


あのときその目は、要の中に何も見つけられなかった。


今日は少し長く要を見ていた。



「……宝くじの、道楽が」


財前は小さく言った。


微笑みは消えていた。


要は応接室を出た。磨かれた石の床を歩いた。壁の大きな船の写真の前を通り過ぎた。海に浮かんだ、過去の船。


要はその船をもう見なかった。



潮見に帰った。


駅を出ると海の匂いがした。東京の川の匂いとは違った。ひび割れた駐車場の脇を通ると、子どもが二人リングの無い壁に、ボールを投げていた。跳ね返りを捕っていた。


要はその音をしばらく聞いていた。


財前の言うことは正しかった。アリーナは桁が違う。町を温めるほどあの男の土地の値が上がる。いつかあの男ともう一度、向き合うことになる。それも分かっていた。


だが、今日ではない。



事務室に戻ると浜口がいた。


「東京、どうでした」


「土地の話をされました」


要は言った。


「造船所の跡地です。アリーナを建てるなら、あそこしか無い。そして、あそこは大洋のものだ、と」


浜口の顔がこわばった。


「……握られてる、ってことですか」


「まだ、握られてません」


要は言った。


「向こうもまだ、売りたくないんです。値が上がるのを待ってる。……待ってるあいだは、こっちの時間です」


要は窓の外を見た。海のほうに造船所の跡地が、暗く広がっているはずだった。


「あの土地に、僕らが払える値がつく前に。……町を、そこまで育てる。それだけです」


浜口は指を折った。


「……うちは、あの体育館の借り手です。市の持ち物で、管理は市の外郭団体。うちは一日いくらで借りてる。去年、試合以外で押さえられたのは、二十一日でした」


「基準は」


「年に八十九日です。四分の一にも、届いてません。しかもこれは、金を積めば増える数字じゃない。市民の予約が、先ですから」


浜口はそこで一度切った。


「箱ごとこっちの持ち物にしないかぎり、この行は動かない。……だから、跡地なんですね」



浜口はしばらく要の横顔を見ていた。


それから、ぽつりと言った。


「……財前さん一年前は、畳めって言ったんですよね。それが今度は土地を高く売りたがってる」


「ええ」


「現金なもんですね」


「商売です」


要は言った。だが、その声は、少しだけ硬かった。


町を切り捨てた男が、町の熱で儲けようとしている。要はそれを止められない。ただその熱を、あの男の土地の値より早く大きくするしかなかった。



【B.ONE】潮見ブルーホエールズ 応援スレ Part76


288 名無しの潮見サポ

二日目に勝てるチームになってるの、じわじわ効いてくるな


289 名無しの潮見サポ

去年の日曜、ひどかったもんな

足が止まってから、ただ見てるだけの二十分


290 名無しの潮見サポ

なんか変えたのかね

補強はしてないよな


291 名無しの解説役

移動と飯を変えたらしい

夜行やめて、前の日に入るようにしたって

金かかるぞ、それ


292 名無しの潮見サポ

>>291 うちに、そんな金あんの?


293 名無しの潮見サポ

宝くじの残りだろ

七億当たったんだから、まだ余裕でしょw


294 名無しの潮見サポ

>>293 それな

うらやましい人生だわ


295 名無しの古参

まあ、金持ちの道楽で町が明るくなるなら、それでいいよ

造船所の跡地なんか、いまだに更地のままだしな

あっちも、なんとかしてほしいわ


296 名無しの潮見サポ

>>295 あそこ広いよなー

なんも建たんのかね


297 名無しの潮見サポ

とりあえず土曜、勝とうぜ



町は、まだ何も知らない。要が今日、東京で何を言われたかも。自分たちの明るさが、誰の懐から出ているかも。あの更地に、もう値がつき始めていることも。

――最後まで読んでくださって、ありがとうございます。

続きが気になったら、ブックマークしていただけると嬉しいです。

ページ下の★評価も、続きを書く力になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。