第81話 夜行バスを、やめる
最初に金をかけたのは、次の遠征だった。
夜行のバスをやめた。前の日の昼に発って、新幹線で移動し、その日のうちにホテルに入る。夕食は宮里が組んだ献立だった。派手なものは何も無い。ただ、消化がよくて、翌日に残らないもの。
選手たちは少し戸惑っていた。
「……こんなの、初めてっすよ」
志水が言った。まだ脛は完全ではないが、遠征には帯同していた。
「いつも、バスで、朝着いて、そのまま試合だったのに」
番場剛はホテルのベッドに腰を下ろした。膝をさすっていた。
「……足が、楽だ」
それだけ、言った。
番場は、十七年、このクラブにいる。そのあいだ、遠征はずっと夜行のバスだった。狭い座席で、膝を曲げたまま、朝を待つ。若いころはそれでも跳べた。今は、二日目の膝が、悲鳴を上げる。
その膝が、今日は、静かだった。
「玲央。若えうちに、こういうのに慣れると、勘違いするぞ」
番場は志水に言った。だが、その声は皮肉ではなかった。
「……いや。慣れて、いい。俺の若えころに、これがあったらな」
番場はそれきり口を閉じた。言わなかった言葉の先を、志水は聞かなかった。
その遠征のあいだ、要実は、ホームに残っていた。
試合の無い、土曜だった。体育館を子どもに開けていた。ボールを触らせて、コートを走らせるだけの二時間。要は集客の現場にいた。
コンコースに、いつもの屋台が出ている。鍬形の焼き鳥。総菜屋の唐揚げ。子ども向けの小さいおにぎり。
その屋台の一つに番場がいた。
正確には番場ではない。番場の、等身大のパネルだった。佐伯涼真が作ったものだ。「番場のおすすめ」と書いた札が鍬形の屋台に立っていた。
「これ、番場さん、いいって言ったんですか」
要が聞くと佐伯は笑った。
「渋々です。でも、鍬形さんに『お前のためじゃねえ、店のためだ』って言われて、折れました」
佐伯はそのパネルを写真に撮っていた。
「記事にします。『番場が、焼き鳥屋の看板になった』って。……こういうの、町の人が好きなんですよ。選手が、遠い存在じゃなくて、商店街の一部になる」
要はそのパネルを見た。日本代表まで行った男が、焼き鳥屋の看板になっている。
悪くない、と要は思った。
去年までの番場なら、こんなことはしなかっただろう。動けない自分を恥じていた男だ。年俸だけもらって、しがみついている、と。その番場が、店のためだからと言われて、焼き鳥屋の看板を引き受けた。
コートで跳べなくなったぶんを、別のところで、町に返し始めている。要にはそれが番場なりの生き延び方に見えた。膝がもたなくなっても、この町に、居場所がある。そういう形を、番場は自分で探し始めていた。
二時間が終わって、コートが空いた。
それでも帰らない子どもたちが、コートの端に集まっていた。
そこに東悠真がいた。
遠征に行っていないのか。要は少し驚いた。あとで聞くと、東はこの日、軽い張りがあって、宮里が大事を取って遠征から外していた。だから、ホームにいた。
東は走れない子の隣でしゃがんでいた。
一ノ瀬がいつもやっていたことだった。一ノ瀬は今日、遠征のベンチにいる。だから、代わりに東がいた。
東は口数が少ない。子どもに多くを語らない。ただ、隣で、同じ速さで走った。子どもが転ぶと待った。立つとまた走った。
守るときと同じだった。派手なことは何もしない。ただ、隣を埋める。コートで、ベイカーが捨てたゴール下を埋めたのと、同じ手つきで、走れない子の隣を埋めていた。
母親たちがその東を撮っていた。得点ランキングには、一度も載らない選手だった。新聞にもめったに出ない。だが、この町の子どもは、東の名を覚え始めていた。かけっこで、隣を走ってくれた兄ちゃんとして。
要はそれを見ていた。
(……回り始めてる)
要はそう思った。
町が、クラブに、金を落とす。屋台で、手ぬぐいで、子どもの券で。その金が、遠征のコンディションに、変わる。コンディションが、勝ちに、変わる。勝ちが、また、客を呼ぶ。
そして、選手が町に、返している。番場が焼き鳥屋の看板になり、東が子どもと走る。選手が遠い存在ではなくなる。だから、町はまた、来る。
ひとつの輪だった。
去年は、この輪のどこにも、繋ぎ目が無かった。選手は、負けて、帰るだけ。町は、来ないだけ。屋台も空きコートも遠征の宿も、ばらばらに放り出されていた。
そのばらばらのものが、少しずつ繋がっていた。
その輪がほんとうに回るかどうかは、次の連戦の二日目に、試されることになる。
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