第80話 二日目に、負ける
潮見は、連戦の二日目に、弱かった。
土曜と日曜で、同じ相手と、二試合。土曜は競る。日曜は崩れる。後半戦に入って、その形が、はっきりしてきた。
宮里澪がその数字を事務室に持ってきた。
「二日目の、第四クォーターです」
宮里は表を机に置いた。土曜と日曜で、同じ選手の同じ時間帯の走行距離を、並べたものだった。宮里は、志水を止めたあとも、全選手の脚を毎日数字で追い続けていた。誰にも頼まれていない仕事だった。
「日曜になると、みんな走れてません。特に、遠征の日曜が、ひどい。……足が、残ってないんです」
要実はその表を見た。数字がはっきりと二つに割れていた。ホームの日曜と、遠征の日曜。遠征のほうだけ、がくんと、落ちていた。
「原因は、分かりますか」
要は聞いた。
「移動です」
宮里は言った。
「うちは、遠征に夜行のバスを使ってます。金曜の夜に発って、土曜の朝に着く。土曜に試合をして、その夜は、バスの中で寝ます。宿代が、無いので。日曜の朝に、同じ会場へ」
宮里は続けた。
「選手は、二晩、まともに寝てません。狭いバスで、足を伸ばせないまま。……その状態で、二日目の四十分は、もちません」
要はその数字をしばらく見ていた。
「金の、ある話ですね」
要は言った。
「はい」
宮里は正直に認めた。
「バスを、やめて、新幹線か飛行機。前の日に、着いて、ちゃんとしたホテルに泊まる。食事も、コンビニじゃなくて、回復を考えたものに。……全部、金が、かかります」
「うちには、無い金です」
「はい」
宮里は引かなかった。
「でも、二日目に落としてる試合、後半戦で、四つあります。そのうち二つは、五点差以内でした。……足が残ってたら、拾えたかもしれない試合です」
宮里は、一枚、別の紙を出した。
「先週の日曜です。第四クォーターの、最後の三分。うちの選手の走行距離が、相手より二割、落ちてました。同じ土曜には、互角だったのに」
要はその紙を見た。土曜の線と、日曜の線。同じ選手の同じ脚が、一日で別人のように落ちていた。
「これは、実力じゃありません」
宮里は言った。
「疲労です。回復できる疲労を、回復させないまま、コートに立たせてる。……もったいないんです。せっかく、土曜に競れる力があるのに」
要はその言葉を噛んでいた。
遠征のコンディション。移動と睡眠と食事。それは、どのクラブも、あまり金をかけないところだった。強いクラブは選手の質で押す。移動が多少きつくても地力で勝てる。弱いクラブはそもそもそんな余裕が無い。バス代を新幹線に変えるくらいなら、その金を、一円でも別のどこかに回す。だから、誰も、そこに値をつけていなかった。
(……また、これだ)
アジア枠のときと同じだった。試合後の空きコートと同じだった。誰も見ていない場所。誰も値をつけていない場所。そこに、拾えるものが、埋まっている。要がこの一年半、ずっと拾ってきたのは、そういうものばかりだった。
ただ、今回は、少し違った。東やリー・ジュノは、拾えば、それで戦力になった。だが遠征の宿は、金を払い続けなければ、価値が出ない。一度きりの目利きではなく、毎週、金の出ていく投資だった。
だからこそ、浜口が、渋るのは分かっていた。
「浜口さんに、話します」
要は言った。
その夜、浜口は、渋い顔をした。
「遠征の宿と移動に、金をかける。……正直、いちばん、切りたい費用ですよ、経理としては」
浜口は言った。
「移動なんて、着けばいいんです。宿なんて、寝られればいい。……そこに金をかけて、客が増えるわけじゃない」
「客は、増えません」
要は言った。
「勝ちが、増えるかもしれない。……二日目の勝ちが」
浜口はしばらく黙っていた。
それから、電卓を引き寄せた。指が少し動いて、止まった。
「……宮里さんが、言ったんですね」
「ええ」
浜口は息を吐いた。
「あの人が言うと、断りにくいんですよ。……この前の志水の件がある。何も起きなかったことを、まだ俺は数字で書けてない。……なのに、また、書けない金だ」
浜口は電卓を置いた。
「一度、やってみましょう。……効かなかったら、すぐ、やめます」
そう言って、浜口は、少しだけ笑った。
「効かなかったら、って言いながら、俺、たぶん、効くと思ってます。……この一年で、この人たちに何回も裏切られましたからね。いい意味で」
要も、少し笑った。去年、この男は、屋台に金を使うことにも渋い顔をしていた。番場を残すことにも、東を獲ることにも。そのたびに、数字があとから追いついてきた。浜口は、その追いつき方を、いちばん近くで見てきた男だった。
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