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7億円で、潰れかけのクラブを買いました ~数字しか見えない俺は、誰も数えない選手を集める~  作者: 猫の飼い主
第六章 順番 ―― 早すぎた

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第78話 アシスト、一つだけ

一ノ瀬樹の二度目の出場は、それから二週間後だった。


その二週間、一ノ瀬は番場に言われたことだけをやった。守る。走る。合わせる。点は取らない。練習で一ノ瀬がボールを持つ時間が、減っていった。代わりに、味方に放す回数が増えていった。放して、外されても、もう一度放す。三本外して、四本目を待つ。その繰り返しだった。


最初は放すたびに体がこわばった。二週間かけて、少しずつこわばりがほどけていった。子どもの隣で待った、あの感覚を、コートに持ち込もうとしていた。放しても味方はいつか決める。決めなくてもまた返ってくる。それを体に覚え直させていた。


一度だけ郷田が、一ノ瀬にボールを預けた。


「三本だけ、好きにやれ。誰も助けねえ」


守ったのは番場だった。膝をかばいながら、一ノ瀬の前に立った。


一本目は抜けなかった。二本目は、抜きかけたところで体を寄せられ、放り投げる形になった。三本目は持ったまま止められた。


「もう一回」とは、郷田は言わなかった。


「それが、プロの一人だ」


それだけだった。叱られはしなかった。凹ませるためではなく、数えさせるためだった。跳べる高さと通じる高さは、別の数字なのだと、一ノ瀬はその日、自分の体で数えた。


要実はその練習を二階から見ていた。だが、もう郷田には何も言わなかった。いつ出すかは現場の領分だった。要はそれを待った。待つのは要にとっても慣れないことだった。数字が出ているのに手を出さない。それがこんなに難しいとは、思っていなかった。宮里が言っていた、痛みの前で止める難しさが、少しだけ分かる気がした。手を出さないことも、一つの仕事だった。



その日はホームだった。相手は上位のクラブ。潮見は序盤から競っていた。子どものコートも屋台の列も、いつもどおり戻っていた。二週間前のあの静けさは、もう無かった。


第二クォーター。郷田が一ノ瀬を呼んだ。前回より、ずっと早い時間だった。競っている時間帯に、しかし、短く。役割を絞って。


「三十二番。守って、走れ。それだけだ」


一ノ瀬がコートに立った。


今度はボールを呼ばなかった。



最初のプレーで一ノ瀬は走った。


黒木がリバウンドを取った瞬間、もう走り出していた。誰よりも速く、相手より先にゴール下へ。黒木の長いパスが通った。


一ノ瀬が跳んだ。


高校の跳躍だった。誰も、届かない高さ。ダンクがリングを鳴らした。


体育館がわいた。二週間前、この同じ客が、拍手をしなかった。今日は違った。



だが、一ノ瀬は跳んだあとすぐに戻った。


自分で決めたのに、ガッツポーズもしなかった。ただ、自陣へ全力で戻る。守るために。ボールを、はたき落としまた走る。攻めては戻り、戻っては攻める。その四十分の往復を、一ノ瀬は高校で独りでやってきた。今は五人でやっていた。


要はそれを見ていた。


(……番場さんの言ったとおりだ)


守って、走って、合わせる。点はその順番のいちばん最後にある。一ノ瀬はその順番を守っていた。二週間前、要が数字だけを見て引っこ抜いた子とは、別人だった。変えたのは要ではなかった。番場と、郷田と、一ノ瀬自身だった。



第四クォーター。


競った試合だった。残り二分。二点差で、潮見がリードしている。


一ノ瀬はまだコートにいた。今度は味方が一ノ瀬にボールを預けていた。一ノ瀬が放すことを覚えたからだ。持てば、囲まれる。だが、放せばまた返ってくる。


残り、四十秒。


一ノ瀬がゴール下でボールをもらった。相手が二人寄ってきた。


高校の一ノ瀬なら、一人で放していた。三人に囲まれても、無理な体勢で放していた。二週間前もそうだった。


今日の一ノ瀬は外の東を見た。


一瞬だった。だがその一瞬、一ノ瀬は待った。かけっこで、子どもを待ったように。番場が言った、四本目を信じるように。自分がねじ込むより、東が決めるほうが確かだと、体が初めてそう判断した。



パスが通った。


東が放した。ネットが鳴った。


一ノ瀬のアシストだった。得点ではなかった。だが、一ノ瀬がこの試合を決めた。スコアシートには、アシスト一つと書かれるだけだ。黒木のときと同じだった。決めた選手の名は載る。決めさせた選手の名は載らない。



ブザーが鳴った。


潮見が勝った。


体育館が揺れた。今度は拍手が起きた。競って、勝った。その音だった。二週間前のあの静けさとは、正反対だった。


コートで、黒木が一ノ瀬の頭を、乱暴に抱えた。志水が、ベンチから身を乗り出して叫んでいた。まだ走れない脛を抱えたまま、それでも立ち上がっていた。東が一ノ瀬の背中を叩いた。


一ノ瀬は、その輪の真ん中にいた。


高校の三年間、一度もいられなかった場所だった。四十点取っても、いられなかった。放すことを覚えて、初めてそこに立てた。点を手放して初めて、仲間の真ん中に立てた。

――最後まで読んでくださって、ありがとうございます。

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