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7億円で、潰れかけのクラブを買いました ~数字しか見えない俺は、誰も数えない選手を集める~  作者: 猫の飼い主
第六章 順番 ―― 早すぎた

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第77話 待てるだろ、お前は

番場剛がその練習場に来たのは、次の日の夕方だった。


一ノ瀬樹はまだ一人で跳んでいた。昨日から、ほとんど帰っていないようだった。


番場は、コートの端に、腰を下ろした。膝をかばう姿勢だった。


「玲央が抜けて、前が一枚足りねえ」


番場は言った。


「お前を、そこに入れたいらしい。郷田も、俺も」


一ノ瀬が手を止めた。


「……でも、俺この前」


「知ってる。見てた」



番場は、ボールを一つ、手に取った。


「お前、なんで放せなかった」


一ノ瀬は答えられなかった。


「怖かったんだろ」


番場は言った。


「放したら味方が外す。だから、自分でやる。高校で三年そうしてきた。……違うか」


一ノ瀬はうつむいた。


「違いません」



「玲央な」


番場は言った。


「宮里に止められてる。脛が、限界だってな。……あいつも、一人で頑張りすぎた。居残りで跳びすぎて脛を削った」


一ノ瀬が顔を上げた。


「頑張るのはいい。だが、一人で頑張るのは、どっかで体かチームを壊す。……玲央は、体を壊した。お前は、チームを壊しかけた」


番場はボールを一ノ瀬に投げた。胸に、ぼす、と当たった。


「同じ穴だ」


一ノ瀬はボールを抱えた。


「俺、放したかったんです」


小さな声だった。


「東さんが走ってるの、見えてました。黒木さんが空けてるのも。……でも、手が、動かなかった」


「知ってる」


番場は言った。


「体が、覚えてるんだ。放したら、外される。外されたら、負ける。……三年そうやって、生きてきたんだからな。頭で分かっても、体はすぐには変わらねえ」



「一ノ瀬」


番場は言った。


「お前、この前子どもにかけっこ教えてただろ」


「……はい」


「走れねえ子の隣で、待ってた。急かさなかった。何回も、付き合ってた」


番場は続けた。


「なんで、あれができた」


一ノ瀬は少し考えた。


「……あの子が、走れるように、なってほしかったんで」


「そうだ」


番場は言った。


「お前は、待てるんだよ。人ができるようになるのを。……ただ、コートに立つとそれを忘れる」



一ノ瀬は番場を見た。


「コートでもな」


番場は言った。


「味方が、できるように、待ってやれ。放して、外しても、また放せ。三本外しても、四本目は、入るかもしれねえ。その四本目を、信じて待つのが、お前の仕事だ。……お前が四十点取るより、五人が繋がるほうが、強えんだ。それは、去年のお前がいちばん知ってるだろ」


一ノ瀬は何も言えなかった。


四十点取って、負けた。三年間、それを繰り返した。誰よりもそれを知っていた。


「番場さん」


一ノ瀬は言った。


「俺、子どもには、待てたんです。かけっこで。走れない子の隣で、何回でも」


「ああ」


「なんで、コートだと、できないんですかね」


番場は少し笑った。


「同じだよ。子どもに走れって、急かさなかっただろ。転んでも、待っただろ。……味方にも、それをやればいいだけだ」


一ノ瀬の中で何かが繋がった。


かけっこで待てた自分と、コートで待てない自分。別々のものだと思っていた。だが番場はそれを同じだと言った。待つ、という、たった一つのことだった。子どもを信じて待つのと、味方を信じて待つのは、同じだった。信じられない相手を信じて待つ。それがいちばん難しいことだった。



「郷田がな」


番場は立ち上がった。膝をかばいながら。


「お前を、短い時間から使うとよ。守って、走って、合わせる。それだけやれ。点は、取らなくていい」


「……点、取らなくていいんですか」


「お前が点を取るのは、五人が繋がった、そのあとだ」


番場は、コートの奥へ、歩いていった。そして、足を止めずに、付け足した。


「俺はな、去年お前に一言も教えなかった。潮見工に行ったとき、後輩ばっかり教えて、お前は放っといた」


一ノ瀬が顔を上げた。


「あれは、お前が来るかどうか分からなかったからだ。来ねえ奴に教える暇はねえ。……でも、お前は、来た」


番場は振り返らなかった。


「来た奴には、教える。何回でもな。……お前が子どもにやってるのと、同じだ」



一ノ瀬は、ボールを抱えたまま、立っていた。


待てる。子どもには、待てた。


その同じことを、コートで五人にやればいい。


初めて一ノ瀬の中で点と点が、繋がった気がした。番場が去年、自分に教えなかった理由も。今日、教えてくれる理由も。全部、「待つ」という一つのことで、繋がっていた。

――最後まで読んでくださって、ありがとうございます。

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