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7億円で、潰れかけのクラブを買いました ~数字しか見えない俺は、誰も数えない選手を集める~  作者: 猫の飼い主
第五章 招待 ―― 客が、帰らない

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第60話 手ぬぐいは、売れた

グッズの在庫はまだ倉庫にあった。


痩せた鯨のTシャツが、半分以上、売れ残っている。


要は、それをどうするか、決めかねていた。



佐伯が要のところへ来た。


「オーナー。グッズ、もう一回、やりませんか」


「……また、赤字を出せと?」


「今度は、ロゴじゃないです」


佐伯は一枚の布を出した。


手ぬぐいだった。柄は赤い。鍬形の焼き鳥屋のあの暖簾と同じ色、同じ柄だった。


「これ、鍬形さんの暖簾です」


佐伯は言った。


「屋台で、これを売る。クラブのロゴは、隅に小さく入れるだけ」


「……鯨は」


「要りません」


佐伯は言った。


「みんな、鯨のロゴは欲しくない。でも、鍬形さんの屋台は好きなんです。あの記事を、読んだから」



それだけではなかった。


佐伯はもう一つ案を出した。


去年、商店街が体育館の壁に掛けた、あの札。すすけた木の、ばらばらの札だ。


「あれのミニチュアを作りませんか。自分の名前を、入れられる木札を」


「……客が、自分の名前を?」


「席に、名前を入れた人がいたでしょう。あれと、同じです。人は、"見る"だけじゃ足りない。"参加したい"んです」


佐伯は言った。


「痩せた鯨を着せるんじゃない。この町の物語の中に、入れてあげるんです」



その週の試合。


屋台の隣に、手ぬぐいと木札の棚が出た。


売れた。


手ぬぐいを、鍬形の屋台で焼き鳥と一緒に買っていく客がいた。木札に、子どもの名前を書いて、壁に掛けていく家族がいた。


痩せた鯨のTシャツは、一枚も売れなかった。


だが、暖簾の手ぬぐいは、初日ではけた。


木札の棚の前に、あの李濬浩のとなりの席を選んだ子の一家がいた。


子どもが木札に名前を書いていた。自分の名前と、その下に、もう一つ。


「李濬浩」と、どこかで見た字を写したような、いびつな形で書いてある。


「なんで、李濬浩の名前も?」


佐伯が聞くと子どもは言った。


「あの人、木札、自分で書かないと思うから。日本語、書けないでしょ」


佐伯はその木札を写真に撮った。


次の記事は、これだ、と思った。



その日、鍬形が、手ぬぐいを首に巻いて焼いていた。自分の店の暖簾の柄だ。


「おい、要さんよ。これ、考えたの、あの記者か」


「はい」


「……悪くねえな」


鍬形は、それだけ言って、また串を返した。だが、その首の手ぬぐいを外そうとはしなかった。



浜口が伝票を持ってきた。


「……手ぬぐい、完売です」


浜口の声が少し明るかった。


「Tシャツの赤字を、全部は埋められません。でも、半分は、戻りました」


浜口は続けた。


「佐伯さんを入れて、損益分岐は、三千五百に上がってます。……手ぬぐいで戻したのは、その線のほんの一部です。でも」


浜口は少し言葉を切った。


「初めて、要さんの持ち出しをこっちから押し返せました」


要は頷いた。上がった線にはまだ届かない。だが、投資が数字で返ることも、あるらしい。


Tシャツの赤字は要の失敗だった。消えない。


だが、その失敗が、一つ教えた。


人が買うのはロゴではない。物語だ。


それを、要はリー・ジュノで知っていたのに、忘れていた。そして、思い出させたのは、要ではなかった。



要は倉庫の売れ残ったTシャツを見に行った。


痩せた鯨が、畳まれて、積まれている。


去年、要はこの鯨を灰色の壁で見た。痩せて、色を失った鯨だ。


(……まだ、物語が、足りない)


このロゴに値段がつく日は、たぶん、来る。


だが、それは勝ち星でも、要の目利きでもない。この町が、この鯨をもう一度、好きになったときだ。


要は、Tシャツを一枚手に取った。そして、畳み直して、棚に戻した。

――最後まで読んでくださって、ありがとうございます。

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