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7億円で、潰れかけのクラブを買いました ~数字しか見えない俺は、誰も数えない選手を集める~  作者: 猫の飼い主
第五章 招待 ―― 客が、帰らない

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第59話 焼き鳥屋から書く

佐伯涼真が、最初に書いたのは、選手ではなかった。


焼き鳥屋の親父だった。



佐伯は鍬形の店に三日通った。


写真を撮るでもない。録音するでもない。ただ、カウンターに座って、鍬形が焼くのを見ていた。


四日目に佐伯は書いた。


記事の書き出しはこうだった。


――「帰れ」と、その親父は言った。


鍬形が前のオーナーに協賛金を吸われた話。二度と、クラブに金は出さないと決めた話。そこに、要が屋台の図面を持って現れた話。そして、「一日だけ試してやる」と言った、あの日の話。


選手の名前は一つも出てこない。勝ち負けの話も無い。


焼き鳥屋の親父が、なぜ、もう一度クラブを信じたか。それだけの記事だった。


記事のいちばん最後は、こう終わっていた。


――親父は、今も、試合の日は店を閉める。そして、あの体育館のコンコースで焼いている。「儲かるからだ」と親父は言う。だが、売り切れた日の親父の顔を見れば、それだけでないことは分かる。



クラブの公式が、その記事を出したとき。


最初は笑われた。


掲示板にこう書かれた。「バスケクラブの公式が、なんで焼き鳥屋の話してんだ」。


だが。


商店街の連中が読んだ。鍬形の店に、「読んだぞ」と客が来た。その家族が読んだ。昔、造船所にいた年寄りが、読んだ。


じわじわと広がった。


PVは大きくなかった。佐伯が言ったとおり、バズらなかった。


だが、読んだ人間のほとんどが最後まで読んだ。そして、何人かは、泣いた。


一人、こういう人がいた。


昔、造船所で働いていた年寄りだ。その人は、記事を印刷して、鍬形の店に持ってきた。


「これ、書いたの、誰だ」


鍬形が佐伯を指した。


年寄りは佐伯の手を両手で握った。何も言わなかった。ただ、握って、頷いて、帰っていった。


佐伯は、その手の感触を、しばらく忘れられなかった。


十万PVの記事を書いても、誰も、手を握りに来なかった。



鍬形は、その記事のことを、要には何も言わなかった。


ただ、次の試合の屋台で、いつもより機嫌が良かった。


「……あの記者、悪くねえな」


それだけ、言った。


佐伯の名前も要の名前も、記事のどこにも大きくは出ていない。書いたのは鍬形の物語だった。



要はその記事を読んだ。


自分の名前は一行だけ出ていた。「新しいオーナーが、屋台の図面を持ってきた」。それだけだ。


屋台を始めたのが要の目利きだったことは、どこにも書かれていない。


(……それで、いい)


佐伯は物語を要から町へ流していた。


掲示板と同じだ。だが、掲示板は町のものだ。この記事はクラブのものだった。


初めて、クラブが自分の口で、自分の物語を語った。



その週、掲示板に、一つ書き込みがあった。


「最近さ。ホエールズの公式の発信、やたら刺さらない?」


返信がついた。


「分かる。選手の宣伝じゃなくて、町の話するんだよな。なんか、うまいわ」


佐伯は、それを読んで、少しだけ笑った。


バズらない記事を書き続けてきた男が、初めて、"刺さる"と言われた。


だが、刺さる記事は、まだ一円にもなっていない。倉庫では、痩せた鯨のTシャツが、売れ残ったまま積まれている。要の失敗は、まだ、そこにある。

――最後まで読んでくださって、ありがとうございます。

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