第59話 焼き鳥屋から書く
佐伯涼真が、最初に書いたのは、選手ではなかった。
焼き鳥屋の親父だった。
佐伯は鍬形の店に三日通った。
写真を撮るでもない。録音するでもない。ただ、カウンターに座って、鍬形が焼くのを見ていた。
四日目に佐伯は書いた。
記事の書き出しはこうだった。
――「帰れ」と、その親父は言った。
鍬形が前のオーナーに協賛金を吸われた話。二度と、クラブに金は出さないと決めた話。そこに、要が屋台の図面を持って現れた話。そして、「一日だけ試してやる」と言った、あの日の話。
選手の名前は一つも出てこない。勝ち負けの話も無い。
焼き鳥屋の親父が、なぜ、もう一度クラブを信じたか。それだけの記事だった。
記事のいちばん最後は、こう終わっていた。
――親父は、今も、試合の日は店を閉める。そして、あの体育館のコンコースで焼いている。「儲かるからだ」と親父は言う。だが、売り切れた日の親父の顔を見れば、それだけでないことは分かる。
クラブの公式が、その記事を出したとき。
最初は笑われた。
掲示板にこう書かれた。「バスケクラブの公式が、なんで焼き鳥屋の話してんだ」。
だが。
商店街の連中が読んだ。鍬形の店に、「読んだぞ」と客が来た。その家族が読んだ。昔、造船所にいた年寄りが、読んだ。
じわじわと広がった。
PVは大きくなかった。佐伯が言ったとおり、バズらなかった。
だが、読んだ人間のほとんどが最後まで読んだ。そして、何人かは、泣いた。
一人、こういう人がいた。
昔、造船所で働いていた年寄りだ。その人は、記事を印刷して、鍬形の店に持ってきた。
「これ、書いたの、誰だ」
鍬形が佐伯を指した。
年寄りは佐伯の手を両手で握った。何も言わなかった。ただ、握って、頷いて、帰っていった。
佐伯は、その手の感触を、しばらく忘れられなかった。
十万PVの記事を書いても、誰も、手を握りに来なかった。
鍬形は、その記事のことを、要には何も言わなかった。
ただ、次の試合の屋台で、いつもより機嫌が良かった。
「……あの記者、悪くねえな」
それだけ、言った。
佐伯の名前も要の名前も、記事のどこにも大きくは出ていない。書いたのは鍬形の物語だった。
要はその記事を読んだ。
自分の名前は一行だけ出ていた。「新しいオーナーが、屋台の図面を持ってきた」。それだけだ。
屋台を始めたのが要の目利きだったことは、どこにも書かれていない。
(……それで、いい)
佐伯は物語を要から町へ流していた。
掲示板と同じだ。だが、掲示板は町のものだ。この記事はクラブのものだった。
初めて、クラブが自分の口で、自分の物語を語った。
その週、掲示板に、一つ書き込みがあった。
「最近さ。ホエールズの公式の発信、やたら刺さらない?」
返信がついた。
「分かる。選手の宣伝じゃなくて、町の話するんだよな。なんか、うまいわ」
佐伯は、それを読んで、少しだけ笑った。
バズらない記事を書き続けてきた男が、初めて、"刺さる"と言われた。
だが、刺さる記事は、まだ一円にもなっていない。倉庫では、痩せた鯨のTシャツが、売れ残ったまま積まれている。要の失敗は、まだ、そこにある。
――最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
続きが気になったら、ブックマークしていただけると嬉しいです。
ページ下の★評価も、続きを書く力になります。




