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7億円で、潰れかけのクラブを買いました ~数字しか見えない俺は、誰も数えない選手を集める~  作者: 猫の飼い主
第五章 招待 ―― 客が、帰らない

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第58話 二百枚、余った

佐伯が来る、少し前のことだった。


要は一つ手を打っていた。


売上を、伸ばさなければならない。観客は増えた。だが、事業の基準には、まだ遠い。客一人が落とす金を、もう一段、増やしたい。


要が考えたのはグッズだった。


Tシャツ。タオル。キーホルダー。クラブのロゴを入れて、売る。どのクラブもやっている。物販は売上の柱だ。


要は発注した。それなりの数を。


理屈は、通っていた、と要は思っていた。


勝っている。観客も増えている。口コミも動いている。クラブへの関心は、去年より、明らかに高い。関心があるなら、グッズも売れる。


要は、いつもの手つきで、それを計算した。観客の何割が買えば、いくらになる。強気の数字ではない。堅い数字のはずだった。



売れなかった。


会場にグッズの棚を出した。だが、客は屋台には並ぶのに、その棚の前は素通りしていく。


Tシャツにはクラブのロゴが入っている。痩せた鯨のあのロゴだ。色は新しくした。だが、絵は、同じだった。


一日、数枚しか売れない。


一度、要は子ども連れの母親に聞いてみた。


「Tシャツ、いかがですか」


母親は少し困った顔をして言った。


「……うーん。ロゴ、ちょっと、地味で」


そして、屋台で焼き鳥を二本、買っていった。


倉庫に、在庫が積まれていった。



要は、その棚の前に立って、客を見ていた。


子どもが、屋台の焼き鳥を持って、通り過ぎる。親が、昨日の試合の話をしながら、通り過ぎる。


誰も、Tシャツを手に取らない。


(……なぜだ)


要は数字なら読める。客単価も、観客数も。だが、この棚の前で、要は分からなくなった。


人が、何を、買いたくなるのか。


それが要には見えなかった。



浜口が在庫の伝票を持ってきた。


「オーナー。グッズ、赤字です」


「……ですね」


「発注ぶん、半分もはけてません。倉庫代も、かかってます」


浜口の声は責めてはいなかった。だが、事実だった。


「去年、中堅を切ったぶんの金が、Tシャツの在庫に化けてます」


浜口は続けた。


「その赤字も、けっきょくは、要さんの持ち出しに乗ります」


要は答えられなかった。数字はいつも要の味方だった。その数字が初めて要自身の財布を指していた。


去年、要は弁当と刺身で外した。人が寒い会場で何を食べたいかを読み違えた。


今年も同じだった。人が痩せた鯨のロゴを着たいかどうか。要はそれを読み違えた。



その棚を佐伯が見ていた。入ったばかりの広報だ。


「これ、売れないですよ」


佐伯はあっさり言った。


「……分かってます」


「なんで売れないか、分かります?」


要は答えなかった。分からなかったからだ。


「誰も、"クラブ"を買いたいわけじゃないんです」


佐伯はTシャツを一枚手に取った。痩せた鯨のロゴを指で叩く。


「これ、最下位の、負けてるクラブのロゴでしょう。これを着て歩きたい人が、どれだけいます? 人が買いたいのは、ロゴじゃない。物語です」


佐伯は言った。


「このクラブの物語を、まだ、誰も知らない。だから、ロゴにも、値段がつかない」



要はそのTシャツを見ていた。


去年、要はリー・ジュノについて、同じことを思った。


――評判の無い場所には、値段も無い。


選手のときはそれが見えた。だが、自分が売る側になった途端、要はそれを忘れていた。


「佐伯さん」


「はい」


「物語を、書いてください」


「どこから」


要は、少し考えた。それから、言った。


「焼き鳥屋から」

――最後まで読んでくださって、ありがとうございます。

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