第43話 勝ち方
三月になった。
要はあいかわらず最前列にいた。
チームはまだ負けていた。だが、負け方が変わっていた。二十点差はもう無い。競って、競って、最後の数点を落とす。そういう負けが続いた。
客は帰らなくなった。負けても拍手が起きた。
四月の、雨の土曜だった。
格上に一点差で負けた。去年なら、二十点は離されていた相手だ。
帰りぎわ、相手のベンチのコーチが、郷田に何か言っていた。要には聞こえなかった。だが郷田は、その日、めずらしく舌打ちをしなかった。
負けても悔しがれる。それは去年には無かったものだった。
そのあいだに勝ちも増えた。
三月に二つ、四月の半ばまでに二つ。四勝が六勝になり、八勝になった。
一つ一つは地味だった。新聞に載る勝ちではない。誰かのブザービーターでもない。ただ四十分やって、二、三点だけ多い。そういう勝ちだった。
三月の、あるホームゲーム。
初勝利の日には千五百人だった客席が、その日は二千人を超えた。屋台の列が、開場前から、アーケードのほうまで伸びていた。
勝ったからではない。その日、潮見は負けた。
それでも、二千人が来た。
黒木のアシストが、少しだけ増えていた。
本人は何も変えていない。ただ、決める味方が、前よりいる。
要は前の約束を思い出した。「決める選手を連れてきます」。まだ途中だ。だが、針は動きはじめていた。
九勝目の、次の試合だった。四月の終わりだ。
相手は中位のクラブだった。格上でも格下でもない。
その日、要は手帳を開いていた。いつものように数えるつもりだった。
だが、数えることが、なかった。
東は二人ぶん走らなかった。李濬浩が戻っていたからだ。
黒木はふつうにパスを配った。そのうちの何本かが、ふつうに決まった。
ベイカーが二十点取った。いつもどおりだ。
点差は開いていった。十点。十二点。十五点。
ベンチが笑っていた。
去年、点差が開くのは、いつも相手側だった。ベンチが黙るのも、いつも潮見側だった。
今日は逆だ。志水がタオルを振っていた。番場がその頭を軽くはたいた。
第四クォーターの半ば、点差が開いたまま、郷田がベンチに手をやった。
苅田悟が立ち上がった。
勝敗の決まった、消化の数分だ。それでも、苅田はコートに出た。今季、二度目か三度目の、そういう時間だった。
苅田は派手なことは何もしなかった。ボールを持ったのは一回。パスを出した。決まらなかった。
それだけだった。
だが、客席の一角から、拍手が起きた。
李濬浩のとなりの席に名札を入れた、陸の一家だった。
苅田の名前はたぶん知らない。ただ、はじめて見る背番号がコートに出てきた。それがうれしかったのだ。
苅田はその拍手に気づかなかった。ゴミ時間の数分をただ走っていた。
ブザーが鳴った。十勝目だった。
要は手帳を見た。
その試合の欄は白いままだった。
書くことが無かった。誰も二人ぶん走っていない。誰も、最後の一本を打たされていない。誰も、四十二回、戻っていない。
(……何も、書くことがない)
要は、その白い欄を、しばらく見ていた。
これまでの勝ちは、いつも誰か一人の、ぎりぎりの一本だった。
今日は違う。誰か一人がいなくても勝てた。
(……チームに、なったのか)
要は手帳を閉じた。今日は開かなくてよかった。
廊下で郷田に会った。
郷田はめずらしく機嫌が悪くなかった。
「オーナーさんよ」
「はい」
「今日の試合、どうだった」
「……つまらなかったです」
郷田は鼻で笑った。
「そうか」
それから、ぶっきらぼうに言った。
「おれは、こういうのが、いちばん好きだ」
郷田は行ってしまった。
要はその背中を見送った。
八年、この人には、つまらない試合が一つも無かった。二十点差で負けるか、たまに、ぎりぎり拾うか。そのどちらかだった。
つまらない試合ができるのは、贅沢なのだ。
四月が終わろうとしていた。
シーズンの残りは、あと数試合だった。
順位表のいちばん下は、まだそこにあった。だが、十勝は十勝だった。
開幕十七連敗の町が、十、勝った。
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