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7億円で、潰れかけのクラブを買いました ~数字しか見えない俺は、誰も数えない選手を集める~  作者: 猫の飼い主
第三章 値段 ―― 安いからです

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第40話 残らなかった側

要は、次の試合の日も、商店街に来た。


屋台の準備だ。鍬形の隣で、氷を運び、釣り銭を数える。オーナーのやることではない、と浜口は言った。要はやった。


紙コップを積む。割り箸を数える。指先がかじかんでいた。この作業をしていると、頭の中の数字が、少しだけ静かになる。


鍬形は何も言わなかった。金は出さねえ、と言ったきり、その話には戻らない。ただ、要が来ると串を三本焼いて、皿に載せた。金は取らなかった。



その帰りだった。


鍬形は、店を閉めて、駅のほうへ歩いた。忘れ物を取りに戻るつもりだった。


駅前のロータリーに、小さな明かりがある。宝くじ売り場だ。


シャッターの下りた店ばかりの町で、そこだけまだ灯りがついている。


その前に、男が一人、立っていた。


要だった。



買うわけでもない。窓口のポスターを、見ているわけでもない。


ただ、立っていた。


鍬形は声をかけそびれた。


窓口の中から、おばちゃんが顔を出した。


「あら。今年は、もう当たったんだろ。まだ来るのかい」


要は少し笑った。


「癖です」


「癖ねえ」


おばちゃんは、鍬形にも気づいて、そっちに笑いかけた。


「鍬形さん、この子、知ってるだろ。ちっちゃい頃から、暮れになると、ここに来るんだよ」



「東京に行ってからも、だよ。年末になると、必ず。一万円分、きっかり買ってく。……もう、何年になるかね」


「十年、来てます」


要が言った。


「就職してから、ずっとです。暮れに一回だけ帰ってきて、ここで買って、また東京に戻る」


「変わった子でね」


おばちゃんは言った。


「当たったら何に使うんだって聞いたら、この子、なんて言ったと思う?」


鍬形は聞いていた。


「『クジラを、買います』って」


おばちゃんは笑った。


「毎年、同じことを言うんだよ。クジラを買うって。……去年、ほんとに当てちまってさ。あたし、腰を抜かしたよ」


おばちゃんはそれからふいに声を落とした。


「あんたの父ちゃんも、ここで買っててね」


要の肩がわずかに動いた。


「年に一回だけ。当たったら何にするんだって聞いても、あの人は、言わなかった。……でも、いま思えば、あんたと同じ顔をしてたよ。窓口の、この汚いポスターを、じっと見てさ」


要はそのポスターを見た。


何も、言わなかった。



鍬形は要を見た。


この男は、金を持って、急に帰ってきたんじゃない。


十年、暮れになると、この町に帰ってきていた。シャッターの下りた駅前に、一年に一度、灯りを見に来ていた。


――そして、毎年、同じ願い事をしていた。



「鍬形さん」


要が言った。鍬形がそこにいることに、気づいていた。


「俺は、残らなかった側です」


それだけ、言った。


「親父が店を開けているあいだ、俺は東京にいました。畳んだときも、いませんでした」


少し、間があった。


「……クジラは、まだ残ってます」


要はそれ以上言わなかった。


言い訳のように聞こえるのが、嫌だった。



鍬形は何も言わなかった。


忘れ物のことはどうでもよくなった。店に引き返した。


その途中、鍬形も、かなめ商店のシャッターの前で足を止めた。


色の褪せた字をしばらく見ていた。それから、また歩き出した。


翌朝だ。


要が事務室に着くと、机の上に木の札が一枚、置いてあった。


古い、すすけた木札だった。焼き鳥屋の屋号が墨で書いてある。「炭火 くわがた」。


裏に走り書きがあった。


――これを、体育館に出せ。いくらだ。


浜口が、それを見て、言った。


「……鍬形さん、来たんですか」


「来てません」


要は言った。札は、朝、ドアの下に差し込んであった。


(金は、預けねえ、と言ったのに)



昼に電話が鳴った。鍬形だった。


「一軒だけじゃ、話にならんだろ」


それだけ言って、切れた。


要は、受話器を置いた。


木札を、手のひらに握っていた。すすけて、少し脂の匂いがした。

――最後まで読んでくださって、ありがとうございます。

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