↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7億円で、潰れかけのクラブを買いました ~数字しか見えない俺は、誰も数えない選手を集める~  作者: 猫の飼い主
第三章 値段 ―― 安いからです

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
37/166

第37話 金の話

浜口は要実の正面に座っていた。


ファイルは持っていない。手ぶらだった。


「金の話を、しましょうか」


要は頷いた。


浜口が上着の内側から出したのは、折り畳んだ紙が一枚だった。いつもの背表紙に日付を打ったファイルではない。


「持ってこないほうが、いいかと思って」


「……なぜ」


「ファイルにすると、来季まで棚に残るんで」



紙には数字が縦に並んでいた。


来季の開幕までに出ていく金。入ってくる金。その差。


要は一番下の行を見た。


赤い字ではなかった。浜口は赤いペンを使わない。それでも、そこにある数字が何を意味するかは、色が無くても分かった。


「……足りませんね」


「足りません」


浜口は言った。


「このままだと、夏を越えたあたりで、底です」



七億は、もう、七億ではない。


買収で消えた。今季の赤字で消えた。残っていた猶予が、月ごとに削れていく。


十二月のあの日、要は手帳に「九ヶ月」と書いた。あれから、砂は四ヶ月を切っている。


「削るとしたら、二つです」


浜口が言った。


「一つは、選手」


要は黙っていた。


「もう一つは、言いません。オーナーが、削らないやつなんで」



九百万。


その数字は、一月から、この部屋に置きっぱなしになっていた。


苅田悟を残す、と決めた日。浜口はドアのところで振り返って言った。「九百万は、どこから出すんですか」。


要は答えなかった。答えを、まだ持っていなかった。


二月になって、そこに李濬浩が乗った。アジア枠は外国籍より安い。だが、タダではない。


穴はあの日より大きくなっている。



九百万。


それは、今日も練習で赤いビブスを着て、いちばん走っている男の値段だ。試合には通算十一分しか出ていない。


数字の上では切れば消える九百万だった。


要はそれを消さないと決めた。決めたのは要だ。だから、作るのも要だ。



「浜口さん」


「はい」


「大口は、全部あたりましたか」


「あたりました」


浜口は即答した。この男は要が言い出す前に動く。


「十二社。全部、断られました」


「一社くらい、迷ったところは」


「一社、ありました。町工場の社長で、昔からのファンで。……判子を、出しかけました」


「なぜ、やめたんですか」


「奥から、経理が出てきたんです。『大洋さんが引いた会社に』って」



浜口は紙を裏返した。裏にも字が書いてある。


「十二社、全部これです。『大洋さんが手を引いた会社に、うちだけ出すわけには参りません』」


要の指が止まった。


大洋重工。


このクラブを企業チームとして持っていて、そして捨てた会社だ。町の造船を捨てたのと同じ手つきで。


「一社だけ、残ってます」


浜口が言った。


「どこですか」


「……大洋です」



要は浜口を見た。


「向こうから、来てます。『話を聞いてやってもいい』と。窓口は、財前さんです」


要の指がまた止まった。


その名は覚えていた。ベイカーを郷田に押しつけ、このクラブから手を引く判を押した、本社の役員だ。


浜口の声には何の熱も無かった。


「オーナー。俺は経理です。金のある側に頭を下げるのが、仕事です。……でも、これは」


「分かってます」


要は言った。


「あそこの金が、いちばん高い金です」



浜口が帰ったあと。


要は、畳まずに置いた一枚の紙の前で、しばらく座っていた。


九百万を、一筆で消せる相手はいる。大口が一社、判を押せば、この行は明日には消える。


だが、大口は十二社が断った。十三社目は毒だった。


(……大口じゃ、ないな)


要は立ち上がった。上着を取った。


事務室を出るのは久しぶりだった。この一月、要はほとんどこの椅子に座っていた。数えて、悩んで、また数えていた。


外は二月の夕方だった。息が白い。



商店街まで歩いて十五分ある。


要はその道を、バスに乗らずに歩いた。歩くと、町の畳まれ方が、よく見える。


本屋が消えていた。去年までは在った。時計屋もシャッターが下りている。ガラスの向こうに、値札のついたままの時計が、みんな違う時間を指して並んでいた。


潮見銀座商店街のアーケードの、ちょうど真ん中に、もう一軒、シャッターの下りた店がある。


そのシャッターには、色の褪せた字が残っている。


――かなめ商店。


要はその前で足を止めた。一秒だけだった。


それから、また歩き出した。


アーケードの奥から、煙と、匂いが流れてくる。


鍬形の焼き鳥屋の、赤い暖簾が見えた。

――最後まで読んでくださって、ありがとうございます。

続きが気になったら、ブックマークしていただけると嬉しいです。

ページ下の★評価も、続きを書く力になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。