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7億円で、潰れかけのクラブを買いました ~数字しか見えない俺は、誰も数えない選手を集める~  作者: 猫の飼い主
第三章 値段 ―― 安いからです

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第32話 七人

事務室に戻って、要は電卓を置いた。


叩くものが無かった。



数字は一ノ瀬の側にある。


全部のクラブがいらないと言った。それは事実だ。一ノ瀬はそれを「答え」と呼んだ。


要にはそれを覆す数字が無い。


七人という数字は、言い訳にしかならない。本人がそう言った。


(……俺には、この子に言うことが無い)



要は天井を見た。


一月に、要は「見えない」と認めた。だから郷田のところへ機械を置きに行った。


今度は見えないのではない。


見えている。だが、届かない。


要は上着を取った。



練習場はいつもの練習場だった。


蛍光灯が一本、切れかけて点滅している。床が反っている。ウェイトルームには、錆びたバーベルが二本しかない。


番場剛は居残りで、志水につきあっていた。


要が来ると、番場はボールを止めた。


「……なんか用か」



要は一枚の紙を出した。


ドラフトの、指名漏れ一覧だった。


「一ノ瀬樹という子がいます」



番場の顔から、表情が消えた。


「……潮見工の一ノ瀬か」


「知ってますか」


「知ってるよ」


番場は言った。


「地元だ。この町でバスケやってて、あいつを知らねえ奴はいねえ」


「試合は」


「見たよ。あの準々決勝な」


「……行かれたんですか」


「毎年、行ってる。県大会は」


要は少し驚いた。


「なぜ」


「暇だからだ」


番場はそれ以上、言わなかった。


十六年、この人は毎年、地元の高校の試合を見に行っている。誰にも頼まれていないのに。


要はその言い方を、前にも聞いたことがあった。


――頼まれちゃいねえよ。勝手にやってるだけだ。



要は待った。


番場は少し黙ってから、言った。


「あいつは、駄目だ」


「四十点取って、味方を怒鳴った」


番場は言った。


「見たよ、あの試合。……俺は、ああいうのが、いちばん嫌いだ」


番場の声は静かだった。だから、余計に重かった。


「点は誰でも取れる。いつか取れなくなる。……そのとき何が残るかだ」


番場は自分の膝を見た。


「あいつには、何も残らねえ」



要は聞いた。


「番場さん。あなたは、怒鳴ったことがありますか」


番場は要を見た。


「無えよ」


「一度も」


「十六年、一度もだ」


要は待った。


番場は少し黙ってから言った。


「……なんでか、分かるか」


「いえ」


「怒鳴ったら、次の年、そいつがいねえからだ」


番場はタオルを首から外した。


「うちは、負けるクラブだ。毎年、誰かが切られる。誰かが出ていく。……去年一緒に走った奴が、今年はもういねえ」


番場の声は静かだった。


「そういうとこで、一回怒鳴ってみろ。……謝る相手が、もういねえんだよ」



体育館の隅で、ボールを撞く音が止まっていた。


志水がいた。


ボールを持ったまま、こちらを見ている。何が起きているのか分からない顔をしていた。


だが、その顔が、少しずつ変わっていった。


十二月に、この子は一点差で外して、ロッカーの壁を叩いた。番場はその肩を、二度叩いただけだった。何も言わなかった。


(……この人は、いま、教えたんだな)


要は思った。


番場は要に喋っている。だがこの部屋で、その言葉をいちばん深く受け取ったのは、たぶん要ではなかった。



要は反論しなかった。


番場の言うことは正しかった。一ノ瀬は怒鳴った。それは映像にはっきり映っている。


要は一つだけ言った。


「七人です」



「あ?」


「潮見工のバスケ部は、部員が七人です」



番場が止まった。


「一ノ瀬さんは三年間、全部の試合に四十分出てます。……交代が、いないので」


要は言った。


「怒鳴った相手は、三年間、彼と一緒に四十分走った六人のうちの一人です」



番場は動かなかった。


長い沈黙があった。


体育館の隅で、志水がボールを持ったまま立っている。何が起きているのか分からない顔をしていた。


やがて番場は低い声で言った。


「……俺は、それを見てなかった」


「俺は、あいつが怒鳴ったのを見た」


番場は言った。


「怒鳴られた奴が、どんな三年間だったかは、見てねえ」



要は何も言わなかった。


番場はボールを床に置いた。


そして、要を見た。


「あんた」


「はい」


「あいつを獲れって、俺に言いに来たのか」


「いえ」


要は言った。


「一ノ瀬樹という子がいます、と言いに来ました」



番場はしばらく、要の顔を見ていた。


それから、ふ、と息を吐いた。


「……あんた、そういうやり方しかできねえのか」


「はい」



番場はタオルを取った。


そして、それだけ言った。


「見に行く」

――最後まで読んでくださって、ありがとうございます。

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