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7億円で、潰れかけのクラブを買いました ~数字しか見えない俺は、誰も数えない選手を集める~  作者: 猫の飼い主
第三章 値段 ―― 安いからです

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第30話 四十点取って、負けた

県立潮見工業高校。


要実はその校名をしばらく見ていた。


指名から漏れた選手の一覧だった。名前が四十ほど並んでいる。全部のクラブが見て、全部のクラブが要らないと言った十八歳たちの名簿だ。


一ノ瀬(いちのせ)樹(いつき)。十八歳。フォワード。百九十五センチ。


高校の登録はセンターだった。プロのゴール下には背が足りないので、一覧ではフォワードになっている。


(……潮見の子か)


要は窓の外を見た。海から真っすぐ、風が吹き上がってくる。


その風の吹く場所に、この子は十八年いたことになる。



映像は一本しか無かった。


県大会の準々決勝。それが残っている、一ノ瀬樹の唯一の試合だった。


公式のものではなかった。


手ブレしている。ときどき、誰かの後頭部が画面の下から入ってくる。誰かの親が客席から撮ったものだ。


(……これか)


リーグの全クラブがこの一本を見た。


手ブレした、保護者のカメラの一本で、十八歳の人生が決まっている。


要は再生した。


四十点だった。


十八歳が一人で四十点取っていた。


要にはバスケが見えない。それでも、この子の身体が異常なことは分かった。跳ぶ高さが周りと違う。当たっても飛ばない。


そして――負けていた。


十二点差だ。



第四クォーターだった。


要は数字を追った。四十分中、三十四分が過ぎている。一ノ瀬はまだコートにいる。


跳んでいた。まだ跳べていた。


(……この子は、疲れないのか)


疲れていた。


要にはバスケが見えない。それでも、この子の走り方が第一クォーターと違うことは、素人にも分かった。上体が起きている。戻るのが半歩遅れている。


それでも、跳んでいた。


跳ぶしか、無いからだ。



最後の三十秒だった。


味方がパスを落とした。相手のボールになった。


一ノ瀬がその味方に向かって何か言った。


音は入っていない。だが、口の形は分かる。距離も分かる。顔と顔が三十センチしか離れていなかった。


味方の子は下を向いていた。


ブザーが鳴った。


一ノ瀬はコートの真ん中に立ったまま、動かなかった。



要は映像を止めた。


(……これだ)


スカウトが全員、この十秒を見た。そして全員が同じ結論を出した。


身体は本物だ。だが、チームを壊す。



要はもう一度、その三十秒を再生した。


今度は一ノ瀬を見なかった。


パスを落とした子を見た。


背の低い子だった。ボールが手に当たって、こぼれた。それだけだ。手が伸びていなかったわけではない。伸ばした手が届かなかった。


その子は走っていなかった。


歩いてもいなかった。ボールがこぼれた場所に、そのまま立っていた。


要は巻き戻した。第三クォーターの終わりを見た。その子はもう立っていた。


第二クォーターを見た。走っていた。


(……この子も、四十分か)



要は考えていた。


リー・ジュノは誰も見ていなかった。誰も探していなかった。だから隙があった。


この子は逆だ。


全員が見た。全員が同じ映像を同じように読んだ。


(……全員が見た場所に、隙は無い)


半年やってきて学んだのは、それだった。



だから要は映像を閉じた。


そして、別のものを開いた。


高校の、部員名簿だった。


探すのに三十分かかった。県の高体連のページに、登録の一覧が残っていた。



県立潮見工業高校 男子バスケットボール部。


一年生、二名。二年生、二名。三年生、三名。


七人だった。


要はもう一度、数えた。


七人だった。



要はもう一度、映像を開いた。


そして今度はバスケを見なかった。


時計を見た。


一ノ瀬樹の出場時間。四十分。


要は別の試合を探した。県大会の二回戦。記録だけが残っていた。四十分。


三回戦。四十分。


その前の年も。その前の年も。


(……交代が、いない)



一ノ瀬樹は三年間、一分も休んでいなかった。


四十分走って、四十点取らなければ負ける。


そして最後の三十秒に、パスを落とした味方を怒鳴った。


その味方は――三年間、この子と一緒に四十分走った、六人のうちの一人だ。



要は椅子の背に体を預けた。


(……あの人から、手段を全部取り上げたやつがいるんだ)


十二月に、要はヘッドコーチについて、そう思った。


同じ形をしていた。



要は上着を取った。


十八歳を人格で切るのは簡単だ。映像に十秒、はっきり映っている。


スカウトは映像を見た。


要は、名簿を見た。


(……見えないなら、数えるしかない)


要は、それしかできない男だった。

――最後まで読んでくださって、ありがとうございます。

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