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7億円で、潰れかけのクラブを買いました ~数字しか見えない俺は、誰も数えない選手を集める~  作者: 猫の飼い主
第三章 値段 ―― 安いからです

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第27話 置いていきます

コーチ室のドアは開いていた。


郷田学は机に向かってビデオを見ていた。次の対戦相手の映像だ。音は消してある。


「なんだ」


顔を上げずに言った。


要はパソコンを机の上に置いた。


「見てほしい映像があります」


郷田の手が止まった。



「……あんた」


郷田は椅子を回して、要を見た。


「先週、俺が何て言ったか、覚えてるか」


「覚えてます」


「なら帰れ」



要は帰らなかった。


「アジア枠です」


「聞いてねえ」


「二十四歳。韓国人です。東南アジアのリーグにいます」


郷田の眉が動いた。


「……どこのリーグだって?」


要はもう一度、同じことを言った。


郷田はしばらく要の顔を見ていた。それから短く笑った。笑いというより、息だった。


「あんた、正気か」



「うちには、外国籍が一枚しかいません」


要は言った。


「相手は毎試合、二枚出してきます。うちは一枠、空けて戦ってる」


「知ってるよ」


郷田の声が低くなった。


「毎試合、そこに立ってんのは俺だ」


「アジア枠は、その枠を食いません」


要は言った。


「オンザコートに数えない。日本人と同じ扱いです。……一枚ぶん、ただで増える」


「そんなことも知ってるよ」


郷田は吐き捨てた。


「じゃあ、なんで今まで誰も獲らねえと思う」


「……」


「いねえからだ。獲る価値のある奴が」


郷田は椅子の背にもたれた。


「どこのクラブも、ずっと探してる市場だ。そこにあんたが、パソコン見て宝を見つけたってか」



「探してません」


要は言った。


「あ?」


「誰も、探してないんです」


要は言った。


「金のあるクラブは、外国籍を買えばいい。アジア枠は余りものです。有名な名前を、相場で一枚取っておけばいい。……探す理由が、どこにも無いんですよ」


郷田は答えなかった。


「値段が、実力についてないんです。評判についてる」


要は言った。


「評判の無い場所には、値段も無い」



「で」


郷田は言った。


「あんた、俺に何をさせたいんだ」


「見てほしいんです」


「見て、どうする」


「本物か、教えてください」



郷田の顔が動かなくなった。


長い間があった。


コーチ室の暖房が、かたかたと鳴っている。


「……あんた、分かってて言ってるのか」


郷田の声は静かだった。


「俺が『本物だ』と言う。あんたが獲る。……そいつが外れたら、どうなる」


「……」


「俺のせいだ」


郷田は言った。


「俺が見て、俺が言った。逃げ場が、どこにもねえ」



要は黙っていた。


(……そうだ)


先週、要はこの人の逃げ場を取り上げようとした。そして拒絶された。


いま要は同じことをもう一度している。


「郷田さん」


「なんだ」


要は言った。


「俺には、見えないんです」



郷田が要を見た。


「あ?」


「映像を見ても、十人の男が走ってるようにしか見えません」


要は言った。


「数字なら数えられます。でもあのリーグには、信じられる数字が無い。……俺の道具は、あそこでは使えないんです」


郷田は何も言わなかった。


「東さんのとき」


要は続けた。


「あなたは映像だけで見抜きました。スティールを狙わない、と。俺はそれを、表でしか見つけられなかった」


「……」


「俺は、あなたの目を買えません。頼むしかないんです」



郷田は長いこと黙っていた。


それから、机の上のパソコンを顎で指した。


「持って帰れ」


「郷田さん」


「持って帰れと言ってる」



要はパソコンに手を伸ばした。


そして、伸ばした手を、そのまま引いた。


「置いていきます」


「おい」


「見ても、見なくてもいいです」


要は言った。


「捨ててもらってもかまいません」


郷田は何か言いかけた。要はそれを聞かずにコーチ室を出た。



廊下に出て、要は自分の手を見た。


(……あの人は、見る)


そう思ったわけではなかった。


要には分からなかった。


十一月の練習場でも、要は同じことをした。番場のベンチに、手書きの記録用紙を一枚置いて帰った。……拾うかどうかは、番場が決めることだった。


要にできるのは、そこに置くことだけだ。


(そこから先は、あの部屋にいる男の仕事だ)



三日、何も起きなかった。


パソコンはコーチ室の机の隅に置かれたままだった。要は毎日それを見た。位置が、一ミリも動いていなかった。


四日目の朝、パソコンは消えていた。

――最後まで読んでくださって、ありがとうございます。

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