第26話 誰も値段を知らない
十二月から、要実はその映像を見ている。
画質は粗い。カメラは一台きりで、コートの端が切れている。実況は日本語ではない。要には何語なのかも分からなかった。
観客席には数十人しかいない。
体育館の壁に、知らない企業のロゴが貼ってある。端が剥がれて、垂れ下がっていた。
(……潮見と、同じだ)
どこの国でも金の無い体育館は同じ顔をしている。
一月の終わりだった。
要は事務室で、その映像を繰り返し見ていた。時間にすれば、二百時間を超えている。
誰も見ていない試合を二百時間。
その配信には再生数が出ていた。
二百十四回。
要が見た回数を引くと、残りはもっと少ない。
「オーナー」
浜口が入ってきた。もう夜の十時を回っている。
「まだ、見てるんですか。それ」
「ええ」
「……どこの国ですか」
要は国の名前を言った。
浜口は少し黙って、それから何も聞かずに出ていった。聞いても分からないと思ったのだろう。
要にもまだ分からなかった。
要が最初に見たのは、選手ではなかった。
名簿だ。
Bリーグの全クラブの、アジア枠の登録を並べた。二十五枚。
そして、気づいた。
似ていた。
出身国が偏っている。出身大学も偏っている。名前を並べると、どこかで聞いたことのある名前ばかりだった。推定の年俸も上と下で二倍しか開いていない。
(……散らばってない)
本気で探している市場なら、こうはならない。誰かが必ず、変な場所から変な選手を掘ってくる。当てて、外して、また掘る。相場は荒れる。
二十五クラブが、同じ場所から、同じような選手を、同じような値段で買っていた。
――誰も、探していない。
Bリーグにはアジア特別枠という制度がある。
指定された国と地域の選手は、外国籍選手として数えない。オンザコートの制限を受けない。日本人と同じように、いつでもコートに立てる。
つまり――外国籍の枠を食わずに、外国籍の質を買える。
だが、この枠に本気で金と時間を使うクラブは、ほとんど無い。
理由は単純だった。
金のあるクラブは、外国籍を買えばいい。三枠ぶん、いい選手を並べればそれで済む。アジア枠は余りものだ。有名な名前を、相場で一枚取っておけばいい。
だから、この市場には、探している人間がいない。
(……値段が、実力についてない)
値段は評判についている。評判の無い場所には値段も無い。
安いのではない。誰も、値段を知らないだけだ。
画面の隅にその男はいた。
李濬浩。二十四歳。韓国。
経歴は要が調べられる範囲では単純だった。
韓国の大学からKBLへ。二年で戦力外。そのあと東南アジアのリーグに流れて、三年目。
戦力外の記事を機械翻訳で読んだ。
理由は一行しか書いていなかった。
――得点力不足。
それだけだった。
数字はあった。
平均二十点。リーグの得点上位。
だが、要はその二十点を信じていなかった。
このリーグの二十点が、Bリーグで何点になるのか。要には分からない。誰にも分からない。基準が無いからだ。
KBLで、この男は点が取れなかった。だから切られた。
そして、レベルの低いリーグで二十点取っている。
(……普通は、そう読む)
レベルが下がったから点が取れた。その二十点に価値は無い。だから誰も獲らない。
要にもその読みを否定する材料が無かった。
要は電卓を置いた。
半年、要は数字で戦ってきた。数字は数えられる。要はそれが得意だった。
だが。
要はもう一度、再生ボタンを押した。
粗い映像の中で、十人の男が走っている。要にはそれが、ただ十人の男が走っているようにしか見えなかった。
(……俺には、バスケが見えない)
要は初めて、それを自分に認めた。
要は数えられる。値段をつけられる。
だが、コートの上で何が起きているかを、要は見られない。
東を見つけたのはオンオフの表だ。番場を見つけたのは志水の伸び方だ。黒木を見つけたのは、七百本という数え直しだ。
全部、数字だった。
数字が無ければ、要は何も見えない。
そして、このリーグには、信じられる数字が無い。
要はパソコンを閉じた。
この会社に、映像を見て選手が見える人間は、一人しかいない。
一週間前、その男はこう言った。
――名簿を寄こせ。俺は寄こされた面子で戦う。
要は上着を取った。
――最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
続きが気になったら、ブックマークしていただけると嬉しいです。
ページ下の★評価も、続きを書く力になります。




