第162話 二十二分の男
二連戦の二日目は雨だった。
アウェイの体育館は天井が高く、音がよく回る。潮見は前の日この会場で勝っていた。
二日目、郷田は並びを変えた。
レイとコフィを同時に立たせた。
二百六センチと二百一センチ。ゴール下に壁が二枚並んだ。十八分のレイとその外側のコフィを重ねたらどうなるか。一度は試したくなる並びだった。相手のベンチが開始三十秒でそれを見て、何かを短く指示した。
壁は壁だった。中は一本も通らなかった。
そして、外が死んだ。
二枚の壁は外まで出る足を持っていなかった。相手は中を最初から捨ててボールを回し、空いた角から打った。一本目が入り、二本目が入った。潮見の外の守備が壁の外側で薄く伸ばされていく。チェン・ウェイと東が走り回って、走り回るほど次の角が空いた。
第二クォーターの途中から、チェン・ウェイが二人ぶん走り始めた。
角から角へ。壁の外側の広い場所を、アジア枠が一人で埋めにいく。要はその走り方に見覚えがあった。三年、李濬浩がやっていた走り方だった。穴は消えたのではなかった。形を変えて場所を移っただけだった。重ね方を間違えればいつでも戻ってくる。
前半で四十六失点だった。
後半、郷田は元の形に戻した。点差は縮んだが届かなかった。八十二失点。今季いちばん多い数字で負けた。
帰りのバスで郷田は最後列にいた。
隣の席に和久井の紙が置いてあった。頼んだ覚えはなかったが、乗る前に渡されていた。レイとコフィが同時に立った十四分間の失点の内訳。外からの三点が七本。
郷田はその紙を二回読んで畳んだ。
窓の外の雨をしばらく見ていた。
試すこと自体は間違いではなかった。持っている駒の並べ方を全部知らないまま、春を迎えるほうが怖い。ただ、試した夜に八十二点を食らっても「収穫だった」と言える監督を、要は郷田の他に知らなかった。バスの中で郷田は一度だけ、収穫だと誰にともなく言った。負けた夜のバスでその一言に反論する者はいなかった。
翌日の練習で郷田はコフィを呼んだ。
通訳を挟んで短く言った。
「お前の時間は、レイが下がってからだ。二十二分。そこだけ守れ」
通訳が訳した。コフィはうなずいた。
「全部は頼まねえ。全部頼むと、全部が薄くなる」
郷田は言った。
「去年な、二分しか使わなかった男がいた。二分に絞ったら、六年でいちばんの仕事をした。……絞るってのは、そういうことだ。二分の男で、覚えたことだ」
通訳が「二分の男」のところで少し詰まった。郷田は言い直さなかった。コフィは詰まった訳のまま、もう一度うなずいた。
四点の男は四点の顔で聞いていた。出場が二十二分に決まっても、その顔は動かなかった。守る時間が決まっただけで、守ることは変わらない。そういう顔だった。
練習が終わってコフィが着替えていると、東が前に立った。
東は何も言わずに頭を下げた。
コフィは通訳を探した。見つからなかった。それで覚えたばかりの日本語で聞いた。
「……なぜ?」
東は少し考えてから自分の膝を指した。それからコフィを指した。
コフィはしばらく東の顔を見ていた。
それから短く何か言った。あとから通訳が訳したところによると、こうだった。
「守っただけだ」
それだけだった。東はもう一度だけ頭を下げて自分のロッカーへ戻った。
点を取れと十年言われ続けた男と、点を取らないと三年言われ続けた男のあいだに、それ以上の言葉は要らなかった。
次の日からコフィは東を「テン」と呼んだ。背番号の十だった。名前より先に番号で覚えた。
コフィは東が比嘉に教えるのを、離れて見ていることがあった。言葉は分からないはずだった。それでも足の向きの話をしていることは分かるようで、たまに自分の爪先を同じ角度に直していた。
事務室で和久井が要に画面を見せた。
「コフィ選手をレイ選手の外側に固定した場合の試算です」
数字が並んでいた。要はいちばん下だけ見た。
「レイ選手が下がったあとの二十二分に、継ぎ目がありません」
和久井は言った。
「去年まで、その二十二分は、中が一枚でした。……そこで七試合、落としてます」
「郷田さんの、七つですね」
「はい。同じ七つです」
和久井は画面を閉じた。
「絞ると決めたのは、郷田さんです。私の数字は、あとから追いついただけです」
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