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7億円で、潰れかけのクラブを買いました ~数字しか見えない俺は、誰も数えない選手を集める~  作者: 猫の飼い主
第十二章 更地 ―― 夢の話でしょう

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第160話 中が、空かない

九月の最終土曜、体育館の駐車場は朝から埋まり始めていた。


開幕だった。


屋台の炭に火が入るのが、いつもより一時間早い。鍬形が七軒に声をかけて、通路の外まで煙が並んだ。札の壁の前では蔵本が新しい二枚を掛けている。掛ける場所は出した順。四年目もそこは変わらなかった。


開場すると席が下から埋まっていった。


札の壁の前で立ち止まる客がいる。自分の店の札を連れに指差している。三年前この通路はただの通路だった。いまは立ち止まる場所になっていた。


要実は開場前から二階にいた。


去年の開幕は三千二百だった。今日の前売りはそれをもう超えている。四月の最終節に四千四百十二を見た町が、その続きを見に来る。


チェン・ウェイは通路の入口で足を止めていた。


「……開幕で、これですか」


「はい」


「三つ目のクラブの開幕、覚えてます。千百人でした。フロントの人が、タダ券を、駅で配ってました」


チェン・ウェイは埋まっていく席を見ていた。


「配ってないのに、埋まるの、初めて見ます」



試合が始まった。


先発はサントスとチェン・ウェイ。レイもコフィもベンチだった。


チェン・ウェイの最初の仕事は、守備だった。相手の速攻で二対一になりかけたとき、戻ったのはチェン・ウェイだった。走って追いついたのではない。最初から帰り道にいた。李濬浩が三年やっていたことを、新しいアジア枠は初日から知っている顔でやった。


二階席で小さい拍手が起きた。点の入らないプレーに拍手の出る体育館だった。


第二クォーター、レイが立った。サントスの隣に二百六センチが並ぶ。ここまでは去年もあった形だった。レイの膝は今年も十八分と決まっていて、宮里の管理表は一分も動いていない。


ハーフタイムには場内アナウンスが協賛社の名前を読み上げた。


冠のついた抽選会だった。当選番号が読まれるたび、客席のどこかで小さい歓声が上がる。景品は米と洗剤の詰め合わせだった。読み上げられる社名は、東京の会社だった。


十五分はそれで終わって、モップが引き上げ、選手が戻ってきた。


要は二階からそれを見ていた。見て、何も思わなかった。


コフィの名前がコールされたのは、第三クォーターの半ばだった。


客席が少しだけ静かになった。


四人目の外国籍。出せない駒。夏の板の言葉は客席にも届いている。二百一センチはその静けさの中を何も知らない顔でコートに入った。


そして第四クォーター、レイの十八分が尽きた。


去年ならここからだった。中が一枚になり、外が空き、東が二人ぶん走り始める時間だった。潮見の試合がいちばん重くなる五分だった。


今日はコフィが立った。


中は二枚のままだった。


相手のガードがドライブの入口で二度止まった。去年なら空いていた場所に、二百一センチが立っている。ガードは外へはたき、外は東の前で止まった。中を見て外を見て、また中を見て、時計だけが減った。


中が空かない。


ただそれだけのことだった。それだけのことを、このクラブは四年できなかった。


点差はその五分で四点開いた。潮見が攻めて開けたのではない。相手が攻めあぐねて、開いた。攻めない時間の長い相手は、シュートの前に時計を見る。時計を見るチームは、たいていそのまま沈む。


郷田はベンチの前に立たなかった。座ったまま手元の紙に短く何か書いた。立つ理由がまだ一度も来ていなかった。



七十七対六十四で勝った。


観客は四千百人だった。


事務室で浜口が定点の紙を出した。工程表の隅に今日の数字を書き込む。


「四千百です。開幕としては、過去最高です」


「はい」


「損益分岐は、四千三百です。……開幕でこれだけ入って、まだ二百、届きません」


浜口はそこで手を止めた。


「勝って、埋めて、届かない。この線は、そういう線です。夏に申し上げたとおりです」


「はい」


浜口は紙をもう一枚めくった。


「もう一つ、数えました。今日の売上を人数で割ると、去年と、ほとんど同じです」


「……単価が、動いていない」


「動きません。うちの席は、全部、同じパイプ椅子です。値段も、ほとんど変わりません。高いほうの席を作ろうにも、作る場所が無いんです」


浜口は言った。


「人を増やすか、単価を上げるか。線を越える道は、二本です。……単価のほうは、大きく上げられる商品が、もう作れません」


要はうなずいた。


「それと、もう一つあります」


浜口は電卓を引き寄せなかった。数えるまでもない数字だった。


「この建物は、五千で止まります。線は、四千三百です」


「……」


「満員にしても、七百人ぶんです」


浜口はその紙を伏せた。


「上げたのは、要さんです」


要はうなずいた。答えはまだ持っていなかった。持っていないことだけが、はっきりしていた。


ロッカーへ続く通路で、東悠真が一人立ち止まっていた。


汗が少なかった。


第四クォーターに東は自分の相手の前に立っていた。それだけで試合が終わった。走る場面を待って、走る場面が来ないままブザーが鳴った。


十年、そういう終わり方をしたことがなかった。


東は何かを持て余した顔のまま、ロッカーに入っていった。


持て余しの正体を、この男はまだ言葉にしていない。言葉になるのは、数字のほうが先だった。

――最後まで読んでくださって、ありがとうございます。

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