第153話 出せない駒
浜口が反対したのは、七月の初めだった。
「要さん。これ、通せません」
浜口は資料を机に置いた。エリアス・コフィ。二十六歳。二百一センチ。三シーズンぶんの数字が並んでいる。
得点は一試合平均で四点だった。
「安いです。安い理由も、はっきりしてます。点を取らないからです」
浜口は言った。
「そこは、いいんです。うちは、そういう選手を三年拾ってきました。問題は、そこじゃない」
浜口は指を三本立てた。
「コートに立てるのは、外国籍が二枚と、アジア枠が一枚。合計三人です。うちには、サントスとレイと、チェン・ウェイがいます。もう三人います」
浜口は指を一本足した。
「四人目に、金を払うんですか。同時に、出せないんですよ」
要は何も言わなかった。
浜口の言っていることは、正しかった。登録は四人までできる。だが同時にコートへ出せるのは三人までで、そのうち外国籍は二枚。サントスとレイが立てば、コフィはベンチにいる。コフィが立てば、どちらかが下がる。
払う金は四人ぶん。使えるのは三人ぶん。
「損益分岐が上がります」
浜口は言った。
「今の四千百から、四千三百です。二百人ぶん、線が上がる。……去年、四千百を超えた日は、一日だけでした」
「はい」
「その一日を、私は忘れてません。九十四万円です。三年で初めて、一日だけ、黒字になった日です」
浜口の声が少しだけ大きくなった。
「あの線を、自分から上げるんですか」
ドアが開いた。
郷田学が入ってきた。ノックはしなかった。
「浜口さん」
郷田は言った。
「あんた、去年の第四クォーターの東を、見てねえだろ」
浜口が口を閉じた。
「見てます。試合は、全部見てます」
「見てるのと、見えてるのは、別だ」
郷田は椅子を引いて逆向きに座った。
「レイが下がる。十八分でな。あそこからの五分、東が二人ぶん走る。中が抜かれりゃ戻って、外が空きゃ出る。それを、六十試合だ」
郷田は指で机を一度叩いた。
「去年、そこで落とした試合が七つある。俺が数えた」
浜口は何も言わなかった。
「七つ勝ってりゃ、三十四勝だ。プレーオフだ」
郷田は言った。
「客の話は、俺には分からん。だが、東の脚がいつまで保つかは分かる。このままなら、あと二年だ。守り方を教えられるのは、あいつしかいねえ。比嘉も名嘉も、まだ東の下だ」
郷田は立ち上がった。
「四人目に金を払うんじゃねえよ。あれは、東の脚を買う金だ」
そう言って出ていった。ドアは開けたままだった。
しばらくして、和久井が入ってきた。
紙を三枚、浜口の前に置いた。
「郷田さんの言った七試合です」
和久井は言った。
「私が別のやり方で数えても、同じ七つが出ました。レイが下がった直後の五分で、失点が十点を超えた試合です」
「……先に言ってくださいよ」
浜口が言った。
「郷田さんが言ったほうが、通ると思ったので」
和久井はそれだけ言って自分の席に戻った。
浜口はしばらくその三枚を見ていた。
三年前、この男は費用対効果でしか喋らなかった。数字に書けないものは、無いものと同じだった。いまは違う。違うのに、それでも反対していた。反対の理由が変わっていた。
「要さん」
浜口は言った。
「私が怖いのは、外れることじゃないんです」
「……」
「当たったときです。当たって、線が四千三百まで上がって、それでも席が埋まらなかったら。……そのとき、私は誰に説明するんですか」
要はコフィの資料を自分の前へ引いた。
「僕が説明します。四千三百に上げる理由も、埋まらなかったときの結果も」
「説明しても、金は増えません」
「はい。それでも獲ります」
浜口は電卓を引き寄せた。
叩き直している音がしばらく続いた。四千百が四千三百になる。二百人ぶんの席が、来季から毎試合余分に要る。
去年まではその差を要が埋めていた。宝くじの残りがそこにあった。
今年は無い。
浜口は電卓を止めた。
「……上げた線は、誰が埋めるんですか」
要は答えた。
「町です」
浜口は要の顔を見た。
(……言っちまった)
「次に何か足すときは、何をやめるかと一緒に持ってきてください。それが無ければ、通しません」
浜口は電卓の数字を消した。それから来季の損益分岐の欄に、四千三百と書いた。書いた字は、いつもより細かった。
要はその横に自分の名前を書いた。
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