第148話 確定です
当日は晴れた。
朝の八時に要は体育館に着いた。自転車だった。二月から車が無い。海沿いの道を、朝の光の中で漕いできた。
九時に鍬形が来た。炭を運んでいた。いつもより多い炭だった。
「兄ちゃん。今日は、いくつ出せばいい」
「売り切れるまで、出してください」
「そりゃ、いつもそうだ」
鍬形は笑って通路へ行った。多い炭を抱えたまま。
十時に蔵本が来た。手帳を持っていた。
「六百十軒のうち、二百四十軒が、来ると言ってます」
「……そんなに」
「一人で来る人もいれば、家族で来る人もいます。読めません」
蔵本は言った。
「行きます、と言ってくれた人の名前だけ、書いてあります」
手帳の頁が埋まっていた。二十九年、日付と天気を書いてきた手帳に、その日は来ると言った人の名前が並んでいた。
十一時。開場の三時間前に、外に列ができ始めた。
佐伯がその列の写真を撮って上げた。
十二時、列は駐車場まで伸びた。
開場したのは午後一時だった。
一階が先に埋まった。二階が埋まり始めた。
浜口が事務室と客席を三度往復した。三度目に戻ってきたとき、少し息が上がっていた。三年、電卓の前に座っていた男が走っていた。
「四千を、超えました」
「……はい」
「まだ、入ってきてます」
「当日券は」
「三百は、開場の三十分で出ました。空いている席のぶんを、追加で出しています」
山根鉄工の十一人は、入口正面の札の下に座っていた。一万円のいちばん大きな札の下だった。
商店街の連中は屋台の周りにいて、試合が始まってから席に着いた。
李濬浩の隣の席には陸がいた。四歳だったあの子が、もう小学生になっていた。李濬浩の隣は三年、その子の席だった。
米屋は来なかった。
要はそれを知っていた。三月に要が一人で行って、断られていた。
だが店はその日、シャッターを下ろしていなかった。店先のラジオが地元局を流していた。試合の実況がその局から流れていた。来ないことと聞かないことは、別だった。米屋は来なかったが、聞いていた。
試合が始まる直前に、和久井が数字を持ってきた。
「確定です」
紙は一枚だった。
四千四百十二
損益分岐は四千百だった。
三百十二人ぶん、超えていた。
要はその紙を見ていた。
三年前、この体育館の平均は千五百人だった。五千席の七割が空いていた。
一年目に二千百になった。二年目に三千。三年目に三千三百。
今日、四千四百十二だった。
三年前、要が一人で屋台を出したところからその数字までの距離を、要はしばらく見ていた。
試合は勝った。
八十一対七十六。相手は五位のクラブだった。
決めたのは東悠真だった。残り一分半、コーナーの幸田に寄られた守備を見て自分でゴール下へ走り込んだ選手が、点を取った。
三年前、この選手は一試合で二点しか取らない男だった。誰も何も教えなかった選手だった。
試合後、コートを四十五分開けた。
子どもが走った。一ノ瀬が仕切って、宇野が笛を持って、比嘉尚が初めてその列の端に立っていた。
東はいちばん遅い子の隣を走っていた。佐伯の一分の動画と同じ景色だった。ただ今日は、四千四百十二人がそれを見ていた。
事務室で浜口が計算を終えた。
「この一試合、黒字です」
浜口は言った。
「入場、屋台、グッズ、協賛の按分。……全部足して、費用を引いて、残りました」
「いくらですか」
「九十四万円です」
浜口は言った。
「三年で、初めてです」
九十四万円だった。
年間の赤字はそれでは埋まらない。埋まらないことを、要も浜口も知っていた。それでも九十四万円だった。三年で初めて、費用を引いて残った日だった。
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